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第948話 午睡の夢 (3)

 和樹が温めたおかゆを手に涼矢の部屋に戻ると、涼矢はのっそりと上体を起こした。顔をしかめているのは、まだ頭が痛むのか。  和樹はいったんデスクの上におかゆを置き、そこにあったキャスター付きの椅子を転がしてベッド脇に寄せた。それから再び皿を手にして、椅子に座る。 「食べられそう?」  和樹はスプーンにひとすくい、おかゆをのせる。 「フーフーしてくれんの?」  涼矢は笑う。笑った瞬間に、また顔をしかめた。 「痛むのか?」 「ったく、情けねえ。」 「ほぼ初めてなんだからさ、もう少し加減ってものを。」 「おふくろにつられた。」 「そうか? おまえのほうが率先して飲んでたぞ。」 「そうかな。」 「しかもツマミはろくに食わないで、飲んでばっかりだったろ。」 「……まあ、今回は言い訳のしようもない。」 「今回も、だ。」 「和樹は平気?」 「うん。」 「おまえのほうが強いのか。」 「飲んだ量が全然違うっての。って、ほら、いいから食え。」  和樹はスプーンを、ずい、と涼矢の口元に押しつけた。涼矢が口を開け、それを食べる。 「どう?」 「(はふ)い。」 「はいはい、フーフーしてあげまちゅよ。」  和樹は次の一口に息を吹きかけて冷ましてやり、同じことをもう一度繰り返した。 涼矢も今度は普通に飲み下せた様子だ。 「沁みるわ。」 「おまえさ、佐江子さんの前でカッコつけてんじゃねっつの。」  和樹は涼矢に食べさせながら話しかける。 「カッコつけたつもりないけど。」 「張り合ったんじゃないの。」 「んー。まあ、どっちかというと、おまえにカッコつけてたかな。」 「自分のほうが酒に強いぞって?」 「そう。」 「その結果がこれだ。」 「ダメだね。」 「ダメダメですよ。」 「嫌いになった?」 「ならねえよ、呆れてるけど。」 「練習しておくよ。」 「酒?」 「うん。」 「やめとけって。」そこでおかゆがなくなった。「俺がいるとき以外は、酒は禁止な。分かった?」 「和樹がいるときはいいの?」 「俺がいれば、まあ、こういうこと、してやれるから。」 「やっさしい。」 「ほかの奴に見せんなよ、そんな情けない姿。」 「和樹ならいいんだ?」涼矢はにやりと笑うと、ふう、と息をつく。「ごめん、横になる。」 「これ、片付けてくる。アイスは?」 「もう少し後。」 「了解。」  和樹は空の器を持って、またもキッチンまで往復する。皿一枚とスプーンだけだったから、食洗機は使わずに手で洗ってもすぐに終わった。涼矢の部屋に戻ったときには涼矢は横向きに体をくの字にしていた。覗き込むと、涼矢の目は閉じている。  本格的に寝ているのか、単に目をつぶって休んでいるだけのかは分からないが、どちらにしてもしゃべることすら億劫なのだろう。  和樹はまた元の姿勢に戻り、漫画の続きを読み始めた。 「起きてるよ。」  背後から涼矢の声がした。 「おう。でもだるいんだろ。」  漫画から目をそらさず、和樹は答える。 「おかゆが良かったみたい。胃が温まったら、なんか復活した。」 「そりゃよかった。」 「甘えたかったし。」 「あっそ。」 「あれ、さっきまで超優しかったのに。」 「だって復活したんだろ?」  和樹は顔だけくるりと後ろに向けた。さっきは背中を向けて横たわっていた涼矢が、布団からぴょこんと顔を出してこちらを見ている。確かに顔色はだいぶいい。 「今日は一日中セックスしようと思ってたのにな。」 「だったら飲むなっつの。」 「ヤルなる飲むな、飲むならヤルな。」 「違うだろ、それは。」  和樹は笑い、今度は体ごと涼矢のほうに向く。床に座る和樹と、ベッドに横たわる涼矢の視線は、ほぼ平行に合った。涼矢がごそごそと動いたかと思うと手を差し出してきたので、和樹はその手を握った。 「……そっち行っていい?」  和樹の言葉に返事はしないものの、涼矢は体をずらしてスペースを作る。和樹は立ち上がり、そのわずかなスペースに体を滑り込ませた。大概のものは涼矢の家のほうが立派だが、ベッドのサイズだけは自分の部屋に置いてあるもののほうが大きい。そう思いながらも、その窮屈さに気分が高揚する。 「する?」  涼矢が問うた。 「いや、やめとく。途中で吐かれても困る。」 「それはない……と、思う。」 「思う、じゃ嫌だよ。」  至近距離のせいか、自然と小声になる。内緒話をしているようだ。 「キスだけでも嫌? あ、ちなみに吐いた後はちゃんと念入りに口すすいだから。」 「おまえが平気ならいいけど。」 「平気だってば。でも、あんまり動きたくないから、和樹からして。」 「キス程度でそんなに動かねえっつの。」  和樹はそう言いつつも少し上体を持ち上げ、上から覆うように涼矢に口づけた。 「おはようのキス、かな。一応。」和樹を見上げて、涼矢が言う。「今日初めてのキスだし。」 「二時過ぎてるぞ。」 「うん、ごめん。」 「貴重な時間だったのに。」 「貴重だと思ってくれるんだ。」 「……ったりまえだろ。」 「今日も泊まっていく?」

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