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第949話 午睡の夢 (4)

「親にはまだ言ってないけどたぶん平気。でも明日までかな。スーツ買ってもらえることになったから、機嫌損ねるのはまずい感じでさ。兄貴も太ったし新しいの買いたいって言うから、日曜に一緒に行くことになってる。」 「買ってもらえるんだ? よかったな。」 「まあね。でも、おふくろまで買い物についてくる気満々なんだよ。めんどい。」 「スポンサーなら仕方ない。」 「そ。仕方ない。」 「あ、だったらネクタイも買うんじゃない? 誕プレと被っちゃわない?」 「ネクタイは何本あったっていいし。」 「そう?」 「おまえに選んでもらう、ってのが大事なんだからいいんだよ。」 「和樹のほうがセンスありそう。」 「俺はカジュアルなのばっかりだから、スーツのことは分かんねえよ。おまえこそTシャツより襟付きのシャツが好きなんだろ?」 「そんな話、したことあったっけ。」 「いつだったか忘れたけど、言ってたよ。あ、そうだ、俺のシャツ、おまえにやったことあるよな。俺にはちょっとキツイからって。」 「ああ、あったね。あれ、結構何度も着たよ。気に入ってる。」 「そうなの? 俺の前じゃ全然着てくれなかったじゃない?」 「なんか恥ずかしくて。」 「彼パンツはよくて彼シャツは恥ずかしいのか。」 「パンツは他人(ひと)に見せないから。」 「涼矢の恥ずかしさの判断基準が分からん。」 「自分でもよく分かんない。まあ、結局は気分の問題だよ。」 「気分、ねえ。」  和樹は涼矢と仰向けになり、天井を見上げた。それと同時にお腹がぐう、と鳴る。 「そう言えば、おにぎり、食った?」 「あ、忘れてた。」和樹は自分の腹をさすった。「おまえにおかゆ食わせてたら、自分も食った気になってたわ。」 「分かるな、それ。」  東京の部屋で料理をするときの涼矢は、二人していただきますと言っても、大抵すぐには箸をつけない。和樹が食べ始めて何かしらの感想を言うまで待っている。更には和樹が美味い美味いと勢いよく食べようものなら、その食べっぷりに見とれて手が止まる。涼矢の手が止まれば和樹のほうが気にして食べるペースを合わせてくるので、そこで初めて慌てて涼矢も自身の食事に専念するが、実際口にした量より、和樹の「食った食った満腹だ」という言葉によってようやく満ち足りた気になる。 「どうせなら、このまま腹空かせておいたほうがいいんじゃねえの?」和樹は自分で言って自分で笑う。「おまえもそうやって準備してくれてたわけだし?」 「でも、しないんだろ?」 「今すぐはね。」  そう言いながらも、和樹はまた横向きになり、涼矢にしがみつくように腕を回した。 「そういうことはするんだ?」 「うん。いちゃいちゃはしたい。」 「人の気も知らないで。」 「勃っちゃう?」 「それ以上のことしたらね。」 「もう少し、我慢な。」 「ひでえ。」 「我慢比べしよ。」 「趣旨が変わってるし。つか、どうやって勝負すんの。勃ったら負け?」 「我慢比べだから、我慢できなくなったほうが負けだよ。」 「和樹に挿れてと言わせればいいのか。楽勝。」 「二日酔いのフニャチンじゃどうだかね?」 「勝ったら何もらえんの?」 「そうだなぁ、明日一日、負けたほうは勝ったほうの言うことを聞く。なんでも。」 「なんでもか。」 「なんでも。」 「じゃ、頑張ろっと。」  おまえの言うことをなんでも聞く。それならいつもと変わらないじゃないか。――和樹も涼矢も、同じことを考える。 「涼矢くん。」 「なんですか。」 「マジな話、ほんとに勘弁な。今回はこの程度の二日酔いで済んで良かったけど、あんま、無茶しないで。とりあえず離れてる間は。」 「……はい。」 「ま、一緒にいたからって何ができるってわけじゃないけど。」 「いや、全然違うだろ、そこは。」涼矢は体を半回転させ、和樹と向き合う。和樹の顔は眼前にある。「一緒にいてくれるだけで免疫力五〇%ぐらいは上がる。」 「それでこれじゃしょうがねえだろ。」  和樹は笑い、そのついでのように涼矢にキスをした。軽いキスだ。すぐに離れた和樹を、今度は涼矢が引き寄せ、キスを返す。何度も。次第にそれは舌を絡めるディープキスとなり、夢中で互いの唇を貪り合った。  ようやく離れても、二人の距離は唾液が糸を引くほど近い。涼矢が試す視線を送り、和樹に問いかける。「で、我慢できそう?」 「無理かも。」 「俺の勝ちだな。」 「……いいよ、それで。なんだっけ、挿れて、って言えばいいんだっけ? つか、言えばできるの?」 「できるよ。」涼矢は和樹の手を取り、下半身に持っていく。「ね?」 「随分と都合のいい二日酔いだな。」 「まだ少し頭痛はするよ。でも、ひと汗かいたら治る。」 「頭に血が上ったら逆効果な気がするけど。」 「大丈夫。今、チンコにいちばん血が巡ってるんで。」 「涼矢くん、お下品ねえ。」 「じゃ、挿れるのやめる?」 「やだ。」和樹は涼矢の首に腕を回す。「挿れて。早く。」耳元で囁き、舌先でその耳を舐める。 「最初から我慢する気なかっただろ。」  涼矢は服を脱ぐ。和樹もだ。 「そんなことないよ。心配してるのは本当。でも、上半身と下半身は別なんだよなあ、涼矢と同じく」 「一緒にすんな。」 「違う?」 「……違わない。」

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