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第950話 午睡の夢 (5)

 和樹がしがみつくように腕を回してきて、再びキスをねだる。下半身もぴったり押し当ててきて、もう我慢できない、と全身で示す。その全身にくまなく口づけながら、涼矢は罪悪感を覚える。こんなに自分を求めてくれる恋人を、二日酔いなんて理由で我慢させてしまった。――我慢? 我慢するのは自分のほうではないのか。和樹を追い求めるのは自分だったはずだ。いつの間に自分が求められる側になったんだろう。 「まだ……らかい、から、すぐ入る……」  和樹が涼矢の手を股間に誘導する。発情を隠そうともしない。こんな顔を当たり前にするようになったのはいつからだったか。 「後ろ向いて」 「やだ、顔見たい」 「じゃあ、おまえが乗れよ」  こんな要求をしても、嫌な顔どころか舌なめずりでもしそうな顔をするようになったのはいつからか。  和樹は上体を起こし涼矢にまたがると、涼矢のそれにコンドームをつけながら「平気?」と問うた。 「何が」 「重くて、気持ち悪くなったり」 「平気、だけど、気を遣うタイミングがおかしいだろ」 「おかしくねえよ」和樹は涼矢のペニスを自分のそこに当て、少しずつ腰を落としていく。「だって一緒に気持ちよくなりたい……って、デカくすんな」 「不可抗力」  そうだ。不可抗力。俺が和樹を好きになったのも、和樹が俺を――好きになってくれたのも。もしかしたら和樹のほうは「身体から」だったかもしれないけど、きっかけなんてなんだって構わない。 「あっ……んっ……」  和樹は自分で腰を振り、いいところ、に当てては喘ぐ。それをいいことにじっとしていると、自分がディルドにでもなった気がする。もちろんそれも構わない。 「涼、好き」  そう思った矢先に、切ない声でそんなことを言われては抗えるはずもない。涼矢は和樹の腰を抱き、下から突き上げた。 「あっ、やっ、激し……!」  急な攻撃に和樹は身をよじって悶えた。  なんだってする。和樹のためなら。和樹が求めてくれるなら。身体の相性でもなんでもいい、俺に執着してくれる理由があるなら利用する。なんだっておまえにしてやる。  事後の処理を済ませ、和樹はようやく買ってきたおにぎりを食べることにした。 「パリパリ派?」  涼矢は相変わらずベッドに横たわったまま答える。「コンビニのはパリパリ派。でも、手作りはしっとりかなあ」 「俺も」和樹はどの具から食べようかと悩む一方で思い出していた。涼矢のおにぎりは確かに最初から海苔が巻いてある。そして、三角形だ。恵が作るおにぎりは俵型で、やはり海苔は巻かれている。「こういうやつじゃないとパリパリになんないもんな」和樹はコンビニのおにぎり特有の包装を剥がし、「パリパリ」の海苔を露出させる。 「うん。海苔だけラップにくるんで別にすればいいけど、面倒だし」 「あ、おまえも食うか? あと昆布とおかかがある」手の中にあるのは鮭だ。 「いや、いい。サンキュ」 「んじゃ、いただきます」  和樹は涼矢のベッドを背もたれにして食べ始める。涼矢に背を向けた格好だが、涼矢からは食べ進めていく様子がよく見える。最初に鮭。それからおかか、最後に昆布。和樹にしては随分地味な取り合わせだと思う。いつもならツナマヨは外さないし、焼肉が具になっていたり、五目チャーハンだったりとボリュームのある変わり種を選ぶ。 「ツナマヨ、売り切れてた?」 「いや?」 「珍しいと思って」 「もしかしたらおまえも食うかなと思ったから」 「え」 「おかゆだけじゃ物足りないかなって」 「……ああ、ごめん。ありがとう」 「や、別に。結局俺ひとりで食ってるし」 「和樹さんは、ほんと、ナチュラルに優しいのがすごい」 「どうなのかねえ、それは」 「何が?」 「おまえなら、レトルトじゃなくて、作ってくれるだろ、おかゆ」 「……まあ」 「気持ちだけあっても技術が伴わなきゃダメっしょ」 「そりゃ技術があるに越したことはないけど」 「気持ちとか、がんばったとか、そういうので評価してもらえるのはこどもの内だけだろ」 「なんかあったの」 「ないよ。ないけど、最近そういうことよく考える。二十歳になったからって突然立派な大人になるわけじゃないよなあって」 「二十歳になった途端に二日酔いになる馬鹿もいるしな」 「真面目な話、さ」和樹は食べかけのおにぎりを持ったまま立ち上がり、ベッドの端に腰かけた。「気持ちが一番大事。それはその通りだ。でも、結果を出さないと評価はもらえないし、結果を出すためには勉強したり、経験積んだりしなきゃならない。それと、金も必要で、金稼ぐには仕事しなきゃで、仕事させてもらうには評価してもらわないと」 「ちょ、何の話。就活で悩んでる?」 「悩んでない。おまえとこの先どうなりたいかって考えてる」 「はい?」  和樹は残りのおにぎりを一口で頬張った。もぐもぐと咀嚼しながら考える。こんな話はしてなかった。するつもりもなかった。何故こんなことを言ってしまったのだろう。 「涼、すいとんって食ったことあるか?」 「話がコロコロ変わるな」

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