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第168話 ただいま。(8)
2人は今来た道を戻っていく。「なあ、でも、せっかくだから、カフェテリアぐらい行かない?」
「いいけどさ……。」相変わらず気乗りしない様子で涼矢が答えた。
「……なんてな。俺、涼矢のこと、ちゃんと紹介してやれるわけでもないのにな。」和樹がトーンを落として呟くように言った。
「それはいいんだ、本当に。気にしてないとは言わないけど、分かってるよ。」
「信じてもらえるか分かんないけど、きちんと本当のことを言いたい気持ちのほうが半分以上なんだよ。でも。」
「分かってるから。」涼矢はきっぱりと言った。
「こんなところまで連れてきておいて、紹介もしないなんてさ、それはないよな。ちょっと考えてみりゃ分かることなのに……っつか、おまえは最初から嫌がってたのにな。なんか、俺のガッコ、見せたいっていうか、知っておいてもらいたいってのが先行しちゃって。そんなの、見せたところで何かあるわけでもないのにな。」
「だから、いいってば。」少し苛立たしげに、涼矢が言う。「もう、やめよ。それ以上言うと、お互い嫌な気分になる。俺、和樹の大学来られて、良かったよ。ちゃんと楽しんでるよ。」
「……ホントに?」
お互いに気を使いながらも、気まずい空気が漂いはじめる。2人ともどうにかしてそれを払拭しようとした矢先に、追い打ちをかけるように、声がした。
「都倉くーん。」舞子だった。涼矢が会いたくないと思っていた女子学生の1人。「さっき、鈴木くんとナベさんに会ったの。2人が来てるって聞いて、探しちゃった。こんなとこで何してんの。」
「や、ただキャンパスツアーしてただけ。何か用事?」
「やあね、冷たいんだから。別にないけど、せっかくいるなら会いたいと思っただけよ。あ、あると言えばあるか。」
「あるの?」
「うん。合コンのお誘い。田崎くん、いつまでいる? 明日の夜なんだけど。良かったら2人で……」
「行かない。」舞子が言い終わるか終わらないかのうちに、和樹が言った。
「即答ね。2人とも彼女いるのは知ってるわよ、でも、別にいいのよ、合コンって言ったって、単なる飲み会だから。ねえ、来てよ。2人が来たら、絶対女の子たち、盛り上がるから。」彩乃と一緒だと控えめなタイプに見えていたが、単独でいると結構強引だ。サークルのコンパで、和樹に2人で抜け出そうと持ちかけた1人というのも、今の舞子の様子ならうなずける。
「悪いけど、行かない。」
「あらそう。何か先約?」
「うん。」
「そっか。」さして残念がる風でもなく、舞子が言った。それから涼矢のほうを見た。「そう言えば、田崎くん、随分長くこっちにいるのね。彼女が地元で待ってるんでしょ? こんなに長く一人にしたら、振られちゃうわよ。」
「大丈夫だよ。」答えたのは和樹だ。
「なんで都倉くんが答えるのよ。あ、田崎くんの彼女も知り合いなんだ? その子も同級生とか? でもねえ、男と女の間って言うのは、単なる友達の時には分からないことがいろいろあってね、どんなに強気そうに見える女の子でも、彼氏にほっとかれたら、結構淋しがっていたりして……。」舞子は1人でぺらぺらと知った風な口を利いた。
「うん、でも、大丈夫だから。」和樹は畳みかけるように言う。「こいつのことは、俺が一番よく分かってるから。」
「都倉くんが分かってたってしょうがないじゃない、男の人って、言わなくても分かるだろうなんて、都合よく思い込んでいたりするしね。」舞子は少々呆れたように言った。
「だからね、俺はこいつと」和樹が言いかけた言葉を打ち消すように、涼矢がかぶせた。
「彼女に同じようなことよく言われるよ。でも、彼女も今、ホームステイで海外に行っててね、どっちにしろ会えないんだ、だから都倉のとこに遊びに来てんの。あ、そうだ、彼女に東京のお土産買わなくちゃ。どんなの買ったらいいと思う?」
「ああ、そうなの。それじゃ田崎くんのほうが淋しいわけね。」
「そう。」
「お土産は、そうだなあ、私だったら表参道のね……」舞子はお勧めの雑貨店やセレクトショップをいくつか教えてくれた。涼矢はご丁寧にその店名をスマホにメモする素振りまでしてみせた。そこで適当に切り上げようとしたが、「彼女のいない隙に羽を伸ばしたらよくない?」と、舞子は合コンのことをまた持ち出した。なかなか手強い。
「それがね、彼女とは毎日スカイプで話す約束してて、そういう嘘はすぐバレるんだ。オーストラリアで、時差がほとんどない。」
「ええ、そうなの? 結構束縛する彼女なのね。」
「うん、だから、残念だけど。」
それでようやく舞子から解放されることになった。別れ際に、「また東京に来た時は、教えてね。」と念押しされる。
「もちろん。ありがとうね。」涼矢は和樹も見たこともないような愛想笑いをした。
舞子が何度も振り返るものだから、涼矢は相当長いこと、手を振り続け、愛想笑いをしなければならなかった。
「……はあ。」舞子が完全に視界から消えると、涼矢は大きくため息をついた。
「すげえな。」と和樹がボソッと言った。「やればできるんだな、ああいうこと。」
「できるよ。すげえ消耗するけど。」
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