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第955話 Something four (2)
薄いのも合点がいった。そのポケット式のアルバムには、ガーデンパーティーの写真しか入っていなかった。さまざまなゲストの笑顔が続くものの、肝心の叔父が映っている写真はほんの数枚だけなのは、ひょっとしたらこれらの写真を撮ったのが叔父自身ということかもしれない。
涼矢は座卓に移動し、畳敷きの床にあぐらをかいた。次いで、和樹もその隣に同様の姿勢をとった。
「外国の映画みたい」
和樹は涼矢にぴたりと寄り添い、一緒に写真を覗き込んだ。涼矢はタキシード姿の男性二人が頬を寄せ合って笑っている写真を指差す。
「例の早死にした叔父さんが向こうに住んでたときの写真。結婚パーティーで、この二人が主役」
「……男二人?」
「うん」
「確かに、二人共新郎っぽい格好してるな」
「叔父さんにこの写真見せてもらった頃、俺はまだ小一かそこらで、自分がゲイだって自覚もなかったと思うんだけど……嫌な気持ちには全然ならなくて」
「嫌な要素ないだろ、いい写真だよ。みんな笑顔で楽しそう」
「叔父さんはマイナスなことは何も言わなかった。いや、マイナスっていうか……男同士だけど変じゃないんだよ、そういう人もいるんだよ、なんてフォローするようなことも言わなかった。この二人はとても素晴らしいアーティストだって教えてくれただけ」
「芸術家には多いって聞くし、叔父さん的には珍しくもなかったんじゃない?」
「それもそうなんだろうけど」涼矢はアルバムを閉じた。「叔父さんは日本で生まれ育ってる。田崎の親戚は比較的お堅い職業の人が多くて、芸術家肌の叔父さんにとっては息苦しさもあって海外に飛び出たんだろうと親父も言ってる。けど、向こうに生活拠点移してからだって日本との行き来はしてて、親戚と没交渉になってたわけでもない」
「それが、何?」
「叔父さんは知ってたはずなんだ。まだまだ日本じゃ……少なくともその頃の俺の環境じゃ、ゲイカップルなんて好奇の目で見られるってこと。だから、ゲイなんか珍しくもない、わざわざフォローする必要もない、そんな風に思ってたわけじゃなくて、ちゃんと意図があったんだと思う。あえて言わない選択をしてたというか」
「まだチビッコだったおまえに先入観を与えたくない、みたいな?」
「うん。たぶん。……たぶん、だけどね。本人にはもう聞けないし、想像しか出来ないけど」
そして、義国叔父の本意がそうだったとして、幼い自分に充分に伝わっていたとは言い難い。もしそれが理解できていたら、渉先生の死に傷つく必要はなかった。香椎先輩への思いに絶望する必要もなかった。もう少し大きくなってから……せめて渉先生と出会った頃だったならもっときちんと理解できたし、その後の生き方だってもっと楽になっただろう。でも、その後の数年間はちょうど我が家ももっともバタバタしていた時期だ。父は単身赴任、母は出産育児でセーブしていた仕事に完全復帰して奮闘の日々、気まぐれに帰国する叔父の相手をしている余裕はなかったはずだ。そうこうしているうちに叔父は病魔に冒され、旅立ってしまった。今思えば叔父とはもっといろいろ話してみたかったが、仕方がない。誰のせいでもない。――そう、誰のせいでもないのだ。
「こういうのがいいの?」
和樹の声で我に返った。いつの間にかアルバムは和樹の手に渡り、さっき涼矢が見せたページが開かれている。我に返ったとは言え、咄嗟に何を聞かれたのか分からず黙っていると、和樹が重ねて聞いてきた。
「だから、俺たちが結婚式するなら、こういうのがいいのかって。ガーデンパーティーってやつ?」
「……ま、外でやるってのはリスキーかもしれないけど。日本は雨も多いし」
「でも、こういうのが理想なんだ?」
「……金屏風の前でかしこまった顔でやる柄でもないだろ、俺ら」
「や、そういう言い訳はいいから。涼矢的にはやりたいのか、ってこと」
「言い訳なんかじゃ……」
「俺もいいと思うよ」涼矢の言葉に被せ気味に言う。「偉い人の席はこっちとか身内はあっちとか考えなくていいし」
和樹は思い出していた。盲腸で入院していたときに両親が参加した従姉の結婚式の話。それを恵に聞かされたのは一昨日のことだ。その従姉から、挙式の時点でお腹にいた子の初節句も終え、このたび新居に越したという報せが届いたのが発端だった。恵は、このタイミングの引っ越しは義理の親との同居がうまくいかなかったせいに違いないといった憶測を語り、そもそも結婚式のときから新郎側の親族とは険悪なムードだったと言い出し、以前聞かされた「妊婦のお腹が目立たないウェディングドレス」の話をリピートした後、新郎の上司のスピーチが長くてうんざりしただの、新婦の友人の服装がTPOに合ってなかっただのと思い出してはひととおり文句をつけ、「でも、お料理は美味しかった」と結んだ。和樹はその話題に興味を持つことなく、しかし中断すれば恵が不機嫌になるのは分かりきっていたので好きなようにしゃべらせていたが、最後に恵は和樹がきちんと耳を傾けていたかどうか試すように聞いてきた。
「ねえ、どう思う? 今の若い子はそういうの気にならないの?」
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