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第956話 Something four (3)

 恵の言う「そういうの」が、並べ立てた不平のうちのどれを指しているのかは分からなかったが、和樹は真っ先に思い浮かんだ疑問を投げかけた。 「どうして誰が新婦の友達だとか、新郎の上司だとか分かるの? 初対面の人ばかりだろう?」  スピーチなんかをする人なら司会者に紹介されるのは知ってる。ドラマで見たことがある。でも、それ以外の人がどういう関係かなんて外見だけで分かるわけがない。見た目の年格好だけで新婦の友人と決めつけ、批判したのだとしたら随分乱暴な話だと思った。 「分かるわよ、席次表があるもの」 「席……? あ、座席表みたいなやつ」 「それに肩書きが書いてあるでしょ」 「友人とか伯母だとかって?」 「そうよ。知らないの? 新郎の上司とか、新婦の祖母とか、全部書いてあるわよ。それでなくたって主賓の席は新郎新婦に近い上座で身内は後ろのほうと決まってるし」 「親が一番近くに座ればいいのに」 「親こそ一番隅っこの末席よ」 「変なの」 「そう決まってるの。ああ、やっぱりそういう感覚なのね。だから平気であんなミュールなんか履いてくるんだわ」  そんな話はしてないのに、と思いながらも、反論する気にもならない。何をどう話したって、恵は恵の中で出した結論に共感してやらない限りはどうせ満足しない。  仮に反論するならこうだ。  席次表なるものがあるせいで、赤の他人が列席者の服装にまでケチを付けることになる。結婚式なんだから、おめでとう、だけでいいじゃないか。義理ってだけで祝う気がないなら行かなければいい。  それが子供じみた感情であることは分かっている。「大人の事情」というものはあるんだろう。だが、もし「自分と涼矢の」祝いの席をやるのなら、そこに来てくれた人にはそんな風に思って欲しくないと思う。  だから、涼矢に指差す結婚式の写真を見て、これならいい、と思ったのは本音だ。新緑の中のガーデンパーティー。主役のカップルもゲストも喜びを分かち合い、一緒に楽しむ祝宴なら。  佐江子さんたちの銀婚式はそうしてあげたい、と和樹は思った。参加者はアリスたちスタッフを除けば涼矢と自分しかいないのだから上座も下座もないけれど、少なくとも自分は、心からの祝福をするためにその場にいたい。 「何考えてる?」  アルバムの裏表紙にぼんやりと目を落とす和樹を下から覗き込むようにして、涼矢が言った。 「別に。いい結婚式だなって思っただけ」 「うん」  涼矢の顔がそのまま迫ってきて、反射的に目を閉じた。唇が重なる。 「何、急に」 「別に。したくなっただけ」  今度は和樹のほうから涼矢の背に腕を回し、キスをする。それから、涼矢の肩にコトンと頭を預けた。 「結婚したーい」  と和樹が呟く。妙に間の抜けた声だ。 「そっちこそ、何、急に」  涼矢が笑い、肩が揺れた。和樹は顔を上げる。 「毎日同じ家帰って、毎日同じメシ食って、毎日セックスする。結婚したら、そういうの全部当たり前なわけだろ? いいよなぁ、結婚」 「そうじゃない夫婦もいると思うけど。特に毎日セッ」  言いかける涼矢の口を和樹は手で塞ぐ。その勢いで、二人共床に倒れ込んだ。 「いいんだよ、そこは」  和樹が手を離すと、涼矢は息継ぎするように息を吐く。 「するよ」 「セックス?」 「違う、結婚。いや、セックスもするけど」 「するんだ?」 「おまえがプロポーズしてきたんだろ。盲腸のとき」 「毎日セックスのほうは」 「そっちは、お互いの体力が許せば」 「ふは」 「なんだよ」 「おまえ、電話は苦手だから毎日は無理だし、セックスの強要もするなって言ってたのにな」 「は? 何の話してんの」 「おつきあいを始めるにあたってのお約束でしょうが」 「……」  涼矢は頬を赤く染め、和樹の視線を避けるように横たわったまま背を向けた。 「涼矢くーん、ホントは覚えてるんでしょ?」  和樹も寝そべったまま畳の上で回転し、涼矢の背を軽く蹴る。 「でも実際は、毎日電話くれるのは涼矢くんだし、エロに積極的なのも」 「うるせえな」 「照れちゃって」  和樹はかかとでリズミカルに蹴り続けた。 「あ、それ気持ちいい。マッサージみたいで」 「お客さーん、だいぶ凝ってますねえ」 「パソコンばかり向かってるんで」 「たまには運動したほうがいいですよ」  涼矢は体勢を変え、和樹に向き直った。 「だったら、運動、する?」 「なんだよ、逆切れか。つか、もう平気なわけ?」 「平気だよ。見て分かるだろ」  確かに顔色はよくなっていた。カレーもいつもと同じようにたいらげていたはずだ。和樹はチラリと仏壇のほうに目をやる。ご先祖様の前でヤリたくない。そのセリフを言ったのが自分だったか涼矢だったか、記憶はあやふやだ。 「おまえの部屋、行こう」  そう言ったのは和樹だが、先に立ち上がったのは涼矢だ。すぐにアルバムを棚に戻す。前回は散らかしっぱなしにしたのを佐江子に見咎められ、気まずい思いをした。

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