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第957話 Something four (4)
そう言ったのは和樹だが、先に立ち上がったのは涼矢だ。すぐにアルバムを棚に戻す。前回は散らかしっぱなしにしたのを佐江子に見咎められ、気まずい思いをした。
和室から涼矢の部屋に行くには、リビングを経由して玄関のほうに向かい、二階に続く階段にたどりつく必要があった。リビングを通り抜けようとして、涼矢が立ち止まる。和樹の訝る視線を感じながら、涼矢は戸棚に寄り、その引き出しを開けた。
「この人たちもゲイカップル」
涼矢が和樹に差し出した封筒は航空便で、中にはクリスマスカードと写真が入っていた。この写真にもやはり和樹の見知らぬ外国人男性が二人。それに男の子と女の子が映っている。
和樹はその写真を手にして戸惑った。涼矢は何のつもりでこれを見せたのか。
「この子たちは?」
「二人とも養子。こっちの人が叔父さんの葬式に来てた人」涼矢は赤いセーターを着た男性を指差し、直後にもう一人を指す。「こっちはパートナー。二人目の」
「二人目?」
「同性でも法律婚ができる国だから、正式に結婚してその子たちを引き取って育ててたんだけど別れちゃって、この人はその後再婚した新しいパートナーってこと。前の人とも、この子たちの実の母親とも仲良くしてるらしいよ。みんなファミリーなんだって」
「へえ、すげえな。別れた相手とも家族づきあいなんて」
「和樹でもそう思うんだ」
涼矢は和樹の手にあったものを取り返し、写真とカードを封筒に戻した。
「どういう意味」
「別れても仲良くしてたから」
「まさか綾乃のこと言ってんの?」
「そう」
「まったく、おまえは」和樹はハア、と深いため息をつく。「その人たちと、元カレ元カノとは違うだろうが」
「違うの?」
「違うよ、全然」
「怒ってる?」
「怒ってはいない」
和樹はそう言い捨てると涼矢の前を横切り二階に向かう。涼矢は慌てて封筒を引き出しにしまい、和樹を追いかけた。
もう涼矢の家の階段にも慣れたもので、タタタと駆け上がるようにして先を行く和樹に涼矢が追いついたのは、和樹が涼矢の部屋のドアノブに手をかけたときだ。
「悪い、深い意味はなかった」
「ないなら余計悪い」
和樹は涼矢を振り払って部屋に入る。さっさとベッドに腰かける和樹とは対照的に、涼矢は所在なく立ち尽くすばかりだ。どちらの部屋か分からない。
「和樹は人と仲良くなるのは上手だし、別れ方も角を立てないから」
「角立てまくりだろ。クリスマス直前に振られてんだぞ」
「でも、普通にしゃべってたし」
「同じクラスにいて口も利かないほうがおかしいだろ。最低限の会話ぐらいする」
「結婚相手だったら違うの?」
「……分かんねえよ。けど、こどもまでいて離婚するってのは、それなりに大きな理由があったわけだろ? もう家族としてやっていけないと思うだけの理由が。そんな思いして別れた相手と、その後も家族同然の気持ちで会えるかって言われたら無理。いや、無理っつか、想像できない、俺には」
「そっか」
涼矢はゆっくりとベッドに近づき、和樹の隣に座った。それを嫌がる様子はない和樹だが、涼矢の動向をじっと見つめてニコリともしない。
「涼矢は平気なの?」
「どうかなあ」涼矢はそう言ったきり口を閉ざす。
「おまえのほうがそういう、気持ちの切り替えみたいなこと、苦手そうだけど?」
和樹がようやく少しだけ微笑みを浮かべた。涼矢は猫背になり、組んだ指先に視線を落としていたので、和樹のその表情を見たわけではない。が、隣の気配が和らぐのは察せられた。
「俺、ポン太のこと大好きだし、弟みたいに思ってるけど、実際あれが弟だったら大嫌いだと思う」
「ポン太がなんだって?」
「だから、弟みたいに」
「聞こえてたけど、なんで急にポン太」
「夫だったり父親だったりとして同じ屋根の下で暮らすのは無理でも、普段は別々に暮らして、何かあったときには苦労を共有して、一緒に乗り越える仲間にはなれる、そういう関係ってのもあるのかなって、ふと、思った」
「ポン太はなんのために出てきたんだよ」
「だから、実際の弟としては無理だけど、弟みたいに可愛がる幼馴染としてなら俺はあいつとうまくやれるって話。そういうの、夫婦でも親子でもあるのかも。もちろん誰だってパートナーとうまくやれるつもりで結婚するんだろうけど、実際そういう関係になってみないことには分からないこともあると思うし」
「そうかもだけど、結果論じゃん、そんなの」
結果論じゃん。その通りだと思いつつ、涼矢は別のことを考え出した。以前の和樹なら「じゃん」なんて語尾を使わなかった。東京に行って周りの言葉がうつったんだろう。哲もよく言ってた。
そうだ、哲。哲にしてもそうだ。もしあいつとああいう形で出会っていなければ、俺はあいつともっとうまくやれたかもしれない。――違う関係として。
それから涼矢は、即座にその考えを振り払った。今言ってるのは「実際に起きたこと」についてだ。あのゲイのアーティストたちが、離婚してなお家族づきあいを続ける選択をした理由の話だ。考えても仕方のないifの話じゃない。
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