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第958話 Something four (5)

「そんな難しい顔すんなよ」和樹は左肩で涼矢の右肩を押す。「他人(ひと)の事情は分かんないけど、それはその人の事情だろ。俺たちのことは、俺たちが分かってればいいと思う」 「自分たちが納得していれば?」 「うん。今だっていろんなパターンがあるわけだろう? 涼矢ん()は別姓で別居してるけど夫婦で、涼矢っていうこどもがいて、ちゃんと家族だ。でも、知っての通り、うちの親父なんかはそういうのあんまり理解できなくて……けど、別に関係ないだろ、それって。うちの親父が理解できてもできなくても、涼矢と佐江子さんと親父さんは家族で、本人たちがそう思ってたらそれでいい。基本はね」  涼矢は眉根を寄せる。「和樹が言ったんじゃないか、自分たちさえよければいい、じゃダメだって。公的な証明がなきゃ手術の同意書ひとつサインできないって」 ――なんとか条例のカップル証明書だか、養子縁組だか分かんないけど、口約束じゃないやつ。きちんと病院でも家族だって通用するようになるやつ。 ――紙切れ一枚がなんなんだって思うけど、紙切れ一枚でうまくいくことがあるなら、そうしたい。  盲腸で入院することが決まったとき、他でもない和樹がそう言ったのだ。忘れるわけがない。 「だから、基本は、って言っただろ?」  和樹の語気は荒くなるが、そんな口調に反比例するように、涼矢の腕に自身の腕を絡ませ、さらには手の平を合わせ指を絡め、甘える仕草をした。涼矢は戸惑いつつも拒否する理由もなく、和樹の好きにさせる。 「基本は基本だよ。基本がクリアできなかったらその先に進めない。結婚式も公的な証明も大事だけど、その前にまずは俺とおまえの意見が一致してるのが大事だろ。それとおんなじに、さっきの人たちはさっきの人たち同士で意見が一致していることが一番大事で、俺の価値観と合う合わないは二の次の問題だろって話」 「俺たちは、第一関門はクリアしてる?」 「してないと思うわけ? そうだったら俺、結構ショックなんだけど」  和樹は腕を絡ませたまま、試すような視線を涼矢に送る。 「えっと、一応の確認だけど、つまりそれは、俺と和樹の気持ちが通じ合ってる、という」 「通じ合ってないの?」 「揚げ足取るなって」 「だーから、キミは俺のこと、好きでしょ?」 「うん」 「で、俺もキミのこと、好きでしょ」 「……本人がそう言うなら信じる」 「そっちこそ揚げ足取るような言い方すんなって」  和樹はそのままベッドに寝転がる。涼矢と腕を組んだままだったから、涼矢も一緒に転がる羽目になった。 「俺は、この先も涼矢と一緒にいたいと思ってる。何年か後には、物理的な意味でも」 「それはもちろん俺も」 「いつかはその、公的な証明書ってのも欲しい。順番がどうなるかは分かんないけど、できれば、そういう風に生きてくってことを、親とか、友達にも伝えられたらいいとも思ってる。で、おまえも同じ気持ちでいてくれてると思ってる」 「同じだよ」 「だったら、俺たちは通じ合ってる、だろ? 第一関門どころか第三関門ぐらいクリアしてるんじゃない?」 「そんなに?」 「だってまずお互い好きってとこが第一関門じゃない? それから遠距離という荒波にも負けずにつきあえてる」 「それもカウントしていいんだ?」 「そこで脱落する奴だっていっぱいいるんだからいいだろ。で、将来のことについてもちゃんと話し合って、同じ目標に向かって頑張ってる。な、俺たちってすげえ偉くない?」 「自画自賛が甚だしいな」 「いいじゃん、そのぐらい。誰も褒めてくれないんだからさ」 「和樹は褒められて伸びるタイプだもんな」 「そうそう。おまえももっと褒めろよ」 「褒めてるだろ、背筋(はいきん)がきれいとか」 「そこじゃねえよ、自分のことをだよ」 「俺?」  和樹は絡めた腕を解き、涼矢の前髪をかきあげる。 「涼矢くんは自慢の彼氏なんだから。かっこいいし、頭いいし、料理上手いし」 「やめろ、こっぱずかしい」  顔を背けようとする涼矢の両頬を、和樹はがっしり押さえ込む。真正面から目と目を合わせてくる和樹に、目を逸らしたら負け、と言われている気になってしまう涼矢だ。 「絵も上手いし、パソコンも使いこなすし、きれい好きで俺んちの掃除もしてくれて優しい」 「もういいって」 「俺程じゃないけどスポーツもできるよな。文武両道。あとなんだっけ。そうだ、ピアノも弾ける。金持ちだし」 「最後のは俺の手柄じゃねえよ」 「そういうとこも好きだよ。なんでもできるのに偉そうにしない」 「分かったから、マジでもうやめて。恥ずかしくて死にそう」  顔を真っ赤にして狼狽えている涼矢を見て、和樹は笑う。そして、ついばむような軽いキスをした。 「明生が言ってた。好きなら好きって言わないといけないってさ」 「生意気だな、あいつ」 「そうか? 俺はその通りだと思った。自分は言われたがりのくせして、あんまり言えてなかったなーって反省した。言わなくても分かるなんて思ってちゃイカンな、と」 「……分かってるよ、もう。今は」 「いいや、分かってないね」和樹は涼矢の上から覆いかぶさるようにした。「教えてやるから、続き、しよ?」

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