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第959話 Something four (6)

 涼矢の心臓が早鐘を打つ。何度抱いても、抱かれても、和樹にこんな表情を見せられると、いまだに緊張も興奮もする。  仰向けの涼矢は、和樹に上から見下ろされている。 「どうする?」  そう尋ねる和樹は天井の照明を背に逆光になっており、表情が見づらい。 「どうするって?」 「ケツでイクの、もう一回試してみたくない?」 「……今日もそっちやりたいってこと?」 「やりたいっつか、せっかくだからもうちょい開発するのもいいかな、と。涼矢くん再開発事業計画」 「なんだよ、それ」  涼矢は吹き出す。雰囲気も何もあったものではない、と思う。思うが、和樹がふいに顔を近づけてきて耳元で囁くと体が震えた。「でも、よかっただろ?」  肯定するのは恥ずかしかった。何故だろう、昨日に限らず、抱かれる側だって何度も経験しているのに。ただ、和樹のようにアナルへの刺激だけでイケたのは確かに今回が初めてだ。 「期待した顔してるし」  和樹に顎を上げられる。キスされるのかと思うとそうでもなく、ただ、至近距離で見つめられている。その視線も恥ずかしい。今日の和樹はやけにこんな風に真正面から目を合わせてくる。さっき「自慢の彼氏」などと褒め称えられたときにしてもそうだ。 「見んなよ」  ついに涼矢はそう呟いて、左手で顔を隠した。 「じゃ、目隠しでもする? そういうの好きだろ。昨日も、縛られたの結構楽しそうだったもんな?」 「好きじゃねえよ」  そんなセリフを顔を覆ったままで言う。 「好きじゃないのに、俺にはやるわけ? 縛ったり、目隠ししたり」 「それは……」 「習わなかった? 自分がされて嫌なことは人にもしちゃいけません」 「されて、嫌だった?」 「は?」 「嫌がってなかったと思うけど」 「だから、そうやって誘導すんなって。俺が聞いてんだよ」 「いいよ、別に。和樹がしたいことなら、嫌じゃない」 「またずるい言い方する」 「……正直、仕返しでそういうことされるのは嫌だよ。本当に縛られるの嫌だった? 嫌なのに俺が無理強いしてた? だからやり返したい?」 「……」 「だったら、ごめん。もうしない」 「……だろ」  和樹が何か言い、その語尾だけが辛うじて聞こえた。 「なんて?」 「分かってんだろ、って」 「何を?」  和樹はふぅと息を吐き、そのまま涼矢に重なるように崩れ落ちた。 「嫌じゃないよ。嫌じゃない。だから嫌だ」  呪文のようにそう呟き、それからクスクスと笑い出す。 「でも、ちょっと怖い」 「目隠しが?」 「ん」  和樹は上半身を起こし、片手で涼矢の目を塞ぐ。 「普通に怖いだろ。何も見えねえのは」 「これは怖くないけど」  涼矢は笑って和樹の手に自分の手を重ね、もっとちゃんと塞げと言わんばかりに上から押さえつけた。  和樹は涼矢に目隠しをしたまま、口づけた。唇を離すと同時に、二人とも手を離す。涼矢は一瞬眩しそうに顔をしかめたが、和樹と目が合うとふふっと笑う。和樹もつられて笑った。  怖くない、という涼矢の言葉に、和樹は前日の涼矢を思い出していた。――昨日は「怖い」と言ってたくせに。 「怖いことも、痛いこともしないよ。俺だって」和樹は涼矢の後孔に手を伸ばす。「ただおまえにも気持ちよくなってもらいたいだけ」  和樹は片手でローションを探し当て、涼矢のそこに垂らした。その次に指で押し広げようとした瞬間、涼矢はまた顔をしかめた。 「んっ……」 「そんなに固くなるなよ。緊張してんの? 初めてじゃあるまいし」 ――そう。初めてじゃ、ない。俺が涼矢を抱いたことだって何度もあった。でも、涼矢がケツだけでイケたのは、昨日が初めてのはずだ。  和樹は複雑な心境になる。いつの頃からか、自分が抱かれることのほうが多くなった。そして、そう望んだのは自分自身だ。 ――だってそっちのほうが気持ちいい。とっくに後ろだけでイケるようになっているし、ドライでイクことだってある。それもこれも涼矢のせいだ。涼矢が、俺をそんな体に作り変えたんだ。  だからといって、今していることを仕返しとは言わないだろう、と思う。嫌だったから同じ目に遭わせたいんじゃない。逆だ。気持ちよかったから。涼矢のそれで体の奥を突き上げられることが気持ちいいから。あの快感をおまえにも味わってほしいと思うから。 「気持ちいいよ、俺は」  和樹の声に反応して、涼矢はつぶっていた目を開けた。 「ここだけでおまえにイカされんの、すげえ気持ちいい。だから」 「ひ」  指を深く入れると、涼矢が小さく叫んだ。痛いわけではない。それは単なるスタートの合図だ。これから始まる「再開発計画」の。笑ってしまうネーミングだが、あながち間違ってはいない。  和樹の言おうとしていることも理解できた。言われる前から知っていた気さえする。和樹がイク瞬間のことなら自分がいちばんよく知っている。瞬間と言うには長い時間、絶頂しつづけて痙攣していることもある、そんな和樹を見ていれば分かることだ。その強烈な快感を涼矢にも味わわせたいという和樹の「善意」は「愛情」に他ならない。

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