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第960話 Something four (7)

 和樹の愛情はいつだってそうだ。きれいな景色。美味しい食べ物。楽しい体験。自分が見つけた素敵なものは涼矢と分かち合おうとする。和樹に分け与えられたそれらは元よりも目減りしたりはしない。増幅していく一方だ。そして今は、性的な快感までも。 「あ、ああっ……」  昨日しっかりと時間をかけてほぐされたそこは、昨日よりもずっと容易に緩んでいく。  でもまだ、少しだけ、怖い。いや、昨日のように、自分がどうなってしまうのか分からなくて怖いのではない。どうなるのかはもう知った。知ったからこそ、怖い。  和樹は涼矢を仰向けに促す。和樹の眼前に生まれたままの無防備な痴態を晒していると思うといたたまれない涼矢だが、いつもは和樹にそれを強いていると思えば抵抗もしにくい。そんな気持ちを察したのか、和樹は枕を涼矢の胸に置く。 「これでもつかんでろ」  涼矢は言われるがままに枕を抱きかかえると、即座に顔を埋めた。少なくともこれで「はしたない」顔を見せなくて済む。  そこからまた和樹は指を増やす。時折前立腺を圧されて、反射的に全身がしなる。 「昨日よりやぁらかいな」  和樹の言葉は単なる事実を述べただけに違いないが、無性に恥ずかしい。そういうことをいちいち口に出すなんて意地が悪い、と和樹を責めたくなる。と同時に、いつも和樹に似たようなことを言い、言えば似たような言葉が返ってくることを思い出す。そんなときの自分はもちろん意地悪しているつもりもない。ただただ和樹が可愛いだけだ。――じゃあ、和樹は今の俺を可愛いとでも思ってるのか? そんなことあるわけがない。 「挿れるならとっとと挿れろ。もう大丈夫だ」  枕を抱えたまま言うものだから、ダダをこねているこどものように見えて、和樹はつい笑ってしまう。その途端に、涼矢はまた枕で顔を隠す。 「それはダメ」  和樹は枕を取り上げた。不意を突かれた涼矢は取り返そうと手を伸ばすが、その手は虚しく空を切るばかりだ。 「顔は隠すなって。涼矢くんが可愛い顔でナカイキするとこ見るんだから」 「ふざっ……」  文字通り「可愛い」と言われ、羞恥心もピークを迎える。 「俺のしたいことはなんでもしてくれるんだろ?」 「……」 「見せてよ」和樹は指を一気に引き抜き、涼矢の足を大きく広げた。それから慣れた手つきでコンドームをつけると、涼矢の右足だけを持ち上げて、自分の肩に載せる。「ほら、挿れるよ。見える? ちゃんと見ろよ、繋がってるとこ」  見せろだの見ろだの、いちいちうるせえな。そんなもん見るかよ、馬鹿野郎。涼矢は目をぎゅっとつぶったまま、心の中で罵倒した。和樹に同じ行為を強いたことはあっただろうか。――あったな。俺も同じことをした。それも、何度も。  ならば仕方あるまいと、涼矢は観念する。 「和樹」  手を伸ばして、和樹の肩に指をかける。名前を呼ぶ声が弱々しいことも、今の自分がどんなに情けない顔をしているかも、分かっている。 「涼、好きだよ」  こんなみっともない自分に、それでもそんな風に言ってくれるのは、世界でこの人しかいないのだろう、と思う。もっとも、和樹以外とこんなことをするつもりもないし、和樹さえいてくれれば充分なのだけれど。 「俺も」  好き、と続ける余裕はなかった。和樹が、ずん、と深くまで入ってきたからだ。さっきまで見たくないと思っていた結合部から、今は目が離せない。自分の体内にすっかり隠れてしまった和樹のペニス。見えないその先端のありかを想像して、涼矢は体の奥を熱くする。 「しがみついてていいから。引っ掻いても、噛みついてもいいから、ちゃんと俺のこと、感じて」  和樹にそう言われて、和樹の肩にかけた指先に力を入れていたことを知る。そして、その食い込む指を緩めることはできなかった。  和樹は奥まで入ったペニスを、今度はぐっと浅くする。そんなことを何度も繰り返す。同じだ、と涼矢は思う。そんな風に内壁をこすってやると、和樹の足先がピンと張り詰め、そのうちヒクヒクと全身を震わせる。――今の俺みたいに。 「か、も、ゆっ……」  和樹の動くスピードが少し緩くなったから、言いたいことは伝わったのだろう。和樹、もっと、ゆっくり。そんなに早くされると、あっという間にイッてしまう。  そう思っていると、和樹の動きは更にゆっくりになった。かと思えば、涼矢のペニスを指を輪にして握る。 「な……?」 「出すの、ちょっと我慢な」 「え」  意味を問い返すより先に、和樹は再びスピードを速めた。我慢しろと言われたところでそう簡単に対応できるはずがないと思ったが、そんな涼矢の意に反し射精はできなかった。和樹が手でぎゅっと締め付ける、という原始的な方法で。  涼矢の喘ぎが呻き声のようになる。両腕は肩を抱くのを通り越して和樹に絡みつき、その背中に爪を立てていた。 「気持ちいい?」  苦しくて返事はできなかった。その苦しみはもちろん快感が強過ぎるせいだ。 「イキたい?」  それには辛うじて頷きを返した。イキたいというよりも「出したい」。涼矢はただひたすらにその欲求を果たすことに集中した。「も、限界」とだけようやく呟く。 「いいよ。イッちゃえ」  そう言って和樹の手が離れた瞬間、声にならない呻き声が漏れ、涼矢は射精した。

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