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第961話 Something four (8)
「俺も、もう少しだから」
和樹は肩に担いでいた涼矢の足を下ろし、正常位で続けた。
「んっ、あ、あっ」
果てたばかりのはずの涼矢の声はまだ湿り気を帯びているし、熱い内側もまたぞろ和樹のペニスを強く締めてくる。
「まだイッてんの」
「分か、な……」
分からない。おそらくはそう言っているのだろう。自分が「イッてる」かどうかも分からないほど理性を保てていないのなら、それは「イッてる」に違いない。和樹はそう確信して、まだ果ててない自分につきあわせている罪悪感から解放される。
「エロいね、おまえ」
涼矢は和樹を見つめ返す。もはや恥ずかしくはなかった。ピークを越えたばかりのぼんやりした視界でも、そのセリフを言う和樹がニヤついた表情なのは判別できた。笑っているならいい。少なくとも不満そうではない。だったらいい。
「和樹」
涼矢は和樹の頬に手を当て、物欲しげな顔をする。キスをせがんでいるのは一目瞭然だった。和樹は素直にその求めに応じる。キスを繰り返しながら、涼矢の中を行きつ戻りつする。その動きはだんだん激しさを増し、それでもキスを止めなかったので、時折お互いの歯がぶつかったり、鼻の頭や頬骨に口づける羽目になったりした。
「イキそう」
和樹がそう呟くと、涼矢は和樹の腰に足を絡め、「ん」と短い声を出した。「お好きにどうぞ」なのか「早く来い」なのか。拒否されていないことだけは察せられて、和樹はそのまま絶頂を迎えた。涼矢の体も再び熱くなっていたから、二度目のエクスタシーに浸ったのかもしれない。もしくは、何度目とはカウントできない、長い絶頂を味わっていたかもしれなかった。
「おまえにもゴムつけてやりゃよかったな」
和樹はそう言いながら涼矢の体を拭きはじめた。
「いいよ、あとは自分でやるから」
気怠い声で涼矢が言う。さっき階下に降りて濡れタオルを作ってきたのも和樹だ。その上、精液に塗れた体を拭わせるのはいささかの抵抗があった。
「ここまでやったんだから最後までやる」
「なんだよ、その責任感」
涼矢は笑いつつ、結局は和樹に身を委ねることにした。
「涼矢さ、出した後も、ずっとイッてなかった?」
和樹に股の内側まで拭き取られて、入院患者にでもなった気分でいたところに、そんな質問が飛んでくる。
「ああ、そうかな。そうかも」
「やらしくなっちゃって」
「おまえがそう仕向けたんだろ」
「それ、褒め言葉?」
「褒め言葉」
和樹はふふんと鼻で笑うと、タオルを丸めた。
「これ、このまま洗濯カゴでいいの」
「いいよ。どうせ俺が洗濯機回す」
「洗濯機が妊娠しそう」
「洗濯機はメスなのか」
「そうじゃない? どんな汚れものでも受け入れてくれる」
「ビッチだな」
「いや、マドンナだろ。誰でも分け隔てなく受け入れて、きれいにまっさらにしてくれるんだから」
「……くだらないこと言ってないで、早く持って行ってくれ」
和樹が笑いながら部屋を出て行くのを見送りながら、涼矢は洗濯機から赤ん坊が出てくるのを想像した。その赤ん坊は、いつか写真を見せてもらった、幼い頃のふくふくと丸い和樹の顔をしていた。
一夜明けて、和樹はまっさきに今日こそ実家に戻らなければならないと涼矢に伝えた。
「さすがに帰らねえとおふくろの機嫌悪くなるから」
「うん、分かってる」
涼矢はそれだけ答えて、特に淋しがる素振りも見せない。――それはそうだ。たかが数日、顔を合わせないだけだ。普段は月単位で会えないんだから、それに比べれば、なんてことない。
そう頭では分かっていても、淡々とした涼矢の様子に苛立ってしまう。その一方で地元に帰るといつもこれだ、と反省もする。恵の機嫌次第で右往左往する自分が情けなく、柳瀬やポン太に突撃されては腹を立てる。果てはそんな急な予定変更にも動じない涼矢を恨めしく思う。幼稚な自分にほとほと呆れる。
「俺が東京に行くほうがいいよね」
だから、突然涼矢がそんなことを言い出したときにはドキッとした。その通りだ、涼矢が東京のアパートに来てくれれば、涼矢を独り占めできる。涼矢を最優先した予定も組める。親の顔色を伺う必要もない。
「銀婚式終わったら、俺と東京戻る?」
「ん?」
二人は顔を見合わせた。どうやら話が噛み合っていないらしい、と同時に気づく。
「あ、いや、そんな直近の話じゃなくて。将来的な」
「お、おう。だよな」
「でも、行こうと思えば行けるよ。和樹の都合がいいなら。銀婚式の後だとそう長くはいられないけど」
「いやいや、いい。悪い。勘違いしただけ」
成人式の写真を撮る、そのためのスーツを買わせるだけ買わせて撮影現場には呼ばず、その上、撮り終わったからと即日東京に戻ったりしたら、それこそ恵の機嫌は最悪だろう。
「和樹はもう、あっちのほうが居心地よさそうだな」
涼矢は淹れたてのコーヒーを差し出しながら、淋し気に言った。
「そんなことないよ。でもま、自由にできるから気楽っちゃ気楽かな」
和樹の言葉は、見栄を張っているのでも強がっているのでもなく本心なのだろうと、涼矢は思う。東京での和樹は予想以上にきちんと日々の生活を送っていて、自由な一人暮らしを謳歌したってバチは当たらないように見える。ただ、その気楽さは淋しさと表裏一体のはずだった。――それとも、そうであってほしいという俺の願望に過ぎないのだろうか。
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