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第178話 Whisper(4)
「ん。」ぶっきらぼうに涼矢に差し出してきたのは、アナルプラグだ。涼矢はそれを受けとったものの、何も言えない。「それから……なんだっけ。手、縛る? こうすればいい?」和樹は両手首を合わせて、涼矢のほうに突き出した。
「あ……うん。」積極的、というよりは淡々と事務処理をこなすかのような和樹に、涼矢のほうが面食らっていた。それでもベルトを持ってきて、差し出された手首に巻いた。
「もっと堅くていい。」和樹が言う。
「手に跡がつくよ。」
「これじゃ抜ける。」
涼矢はベルト穴1つ分、きつくした。これなら外れそうにない。
和樹はベッドの上でいったん正座のように座り、それから肘を支点にして上半身を伏せた。「ごめん、電気は、暗くして。それだけは、ちょっと。」
涼矢はうなずいて、照明を落とした。が、あまりに真っ暗だと何も見えない。オレンジ色の豆球をつけたが、それでも相当暗い。遮光カーテンをわざと少しだけ開けて、隙間から光を入れるようにした。今は和樹の顎から首、左胸、左の腰のあたりに光の筋が入っている。
「不気味に素直。」涼矢が呟く。
「不気味が余計だ。」
「素直ではあるんだ? ヤケになってるんじゃないんだね?」
「なってねえよ。……見りゃ、分かんだろ。」腰のタオルがはだけると、その下は既に屹立していた。「早くして。」涼矢を見る目が、赤く、劣情を宿していた。
涼矢はローションを手に取り、いきなりアナルへと指を挿入する。何の抵抗もなく埋まっていく。和樹が自分に抱かれるために、バスルームの"準備"でここまで仕上げてきたのかと思うと、涼矢のほうも急激に昂奮してきた。
「あっ……くぅっ……。」和樹が短く喘ぐ。そうだ、そもそもこんなことを始めたのは、この喘ぎ声を抑えなければ、という話からだった。涼矢は背中側の壁を意識した。その向こうに、あの気弱そうな隣人がいるのだろうか。階下のゴミ集積所で見かけた時には、クールビズというやつだろうか、半袖のワイシャツにノーネクタイで、グレーのズボンを穿いていた。アパートの住民だけが開閉できる、鍵付きのゴミ集積ボックスにゴミ袋を入れているところだった。半袖から伸びる腕がやけに白いのが印象的で、ゴミ袋を捨てるにも雑に放り投げるようことをせず、丁寧に置くように捨てていた。そんな仕草と、小柄な体躯、白い肌、目鼻立ちも控えめな顔、どれをとっても「気弱」で「大人しい」と想像するほかなかった。ゴミ袋片手に現れた涼矢を見て、「あ、捨てますか?」と、見た目通りの柔らかい声で言った。捨てるのなら、鍵は閉めないでおく、という意味だろう。この時点では特に怯えられたわけではなかった。その後、彼は2階への階段を上り、2階に着くと廊下を歩いた。その後に涼矢も続く。ここで彼は、涼矢も2階の住人であると知り、同時にその割には見覚えがない顔だと意識したらしい。更に、彼は自分の部屋のドアを開ける。外開きのドアを開けていると廊下が塞がるので、その先の部屋に向かう涼矢は、彼が部屋の中に入ってドアを閉めるのを待たねばならない。
その時だ。彼は一瞬ドアノブを回す手を止めて、涼矢を見た。信じられない、といった表情を浮かべたかと思うと、慌てて軽く会釈をして、部屋の中に消えた。ドアが閉まる。内側から鍵をかける音がした。涼矢はそのドアの前を通って、和樹の部屋に戻った。2階の一番奥。「隣人」の部屋の前を通らねばならないのは、その、和樹の部屋しかないのだった。
和樹には「聞こえていないかもしれない」などと言ってはみたが、あの様子じゃどう考えてもバレているんだろう。あんな大人しそうな奴が、どんな顔して聞いてたんだろうな。気持ち悪いとムカムカしていたのか、それなりにエロティックなものとして聞き耳を立てていたのか。ひょっとしたら、オカズにさえしていただろうか。和樹の声をよその男の昂奮材料にされると思うと腹が立つが、同じぐらい、これ見よがしに見せつけたい欲望も湧く。
「……ひ、いぁっ……」和樹は枕に顔を押し付けて、声を押さえていた。
「顔、上げて。」穴をかきまわす指を止めることなく、涼矢は言う。
「むり」「こえ」「できな」途切れ途切れに聞きとれたのはそれだけだ。
「聞かせてやれよ。」和樹のそこの、数センチ奥。他とは違う抵抗を感じる一点に、涼矢は指を当てる。
「いやぁあっ!」和樹の身体がビクンと弾けて、枕で押さえていても、あられもない声が出た。
「ほら、可愛い声だし。」涼矢は和樹の耳元に出来るだけ近づいて、そんな言葉で責めた。「隣の人、勃てちゃってるかもよ?」
和樹は唇を噛みしめ、ふるふると顔を横に振った。
「声出るのが恥ずかしい? 口、塞いでほしいの?」涼矢のその言葉に、今度は頭を縦に振る和樹。涼矢はにっこりと優しい笑顔を見せて、指を抜いた。そして、その代わりに、アナルプラグを和樹に見せる。「じゃ、塞いであげようかな。」
「ちが、違うっ。そっちじゃなくてっ。」和樹は上半身を起こして否定した。
涼矢はすかさず和樹にキスをした。「んっ。」キスしながら、涼矢の手が、和樹の脇腹から腰へと這っていく。キスをしながらでは手が届かず、プラグを挿入するまではできない。涼矢の唇が和樹から離れる。
「涼、ちょっ、待って……。」
「待つわけないだろ。」ずりゅ、と中へ押し込んだ。
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