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第180話 それでも、朝は来る。(1)
深夜3時。和樹は目を覚ました。夕食後からずっと涼矢と抱き合って、最後は意識が飛んで、気がついたら眠っていたようだ。その涼矢は隣で寝息を立てている。涼矢のほうはちゃっかり服を着ているが、自分は全裸のままだ。全身がべとべとする。シャワーを浴びたいところだけれど、夜中のシャワーは音が響きそうだ。そう思った直後に、シャワー音より気にすべき「音」のことを思い出した。失神するほどの行為をして、喘ぎ声の音量調節なんかできているはずがない。――パンツまで突っ込まれて我慢したってのに、結局はそれかよ。
「ったく、ざけんなよ。」和樹は涼矢の頬を指先で軽く弾く。涼矢は起きない。和樹はそうっとベッドから降りる。それから洗面所に行き、タオルを濡らして、体を拭いた。とりあえずこれで我慢だ。中出しされていなくて良かった。――パンツを口に突っ込まれたけど。ベルトで拘束されたけど。プラグを挿入されたけど。
それから部屋着を着た。床には丸まったパンツが転がっている。口に中に突っ込まれた例のパンツだ。俺のだから返すとか言ってたような。じゃあこれは、1枚だけ涼矢にやるっつった、例のいわくつきカルバンクラインか。和樹は拾って広げてみた。アルマーニだった。和樹は涼矢を睨む。またこいつ、つまんねえ嘘をつきやがって。何が「返す」だ。このままこいつの口の中に突っ込んでやろうか。
「パンツ握りしめて何してんの。」
寝ているとばかり思った涼矢がとつぜんそんなことを言ったので、和樹は「ヒャアッ!」と裏返った声を出した。
「またそんな声出して。」
「おまえのせいだ。」
「はいはい。」
「いつから起きてたんだよ。」
「そっちから戻ってきたあたり。」涼矢は洗面所を指差した。「おまえは?」
「変な時間に寝たから、変な時間に目が覚めた。」
「ええとね、飛んだのは10時40分ぐらいだよ。で、そのまま寝ちゃって。」
「で、おまえだけしっかりシャワーして、服も着て。」
「だって起きなかったし。」
「起こそうとしたか?」
「しないよ、かわいそうだもの。」
「かわいそうがるところが違うだろ。」
「どこをかわいそうがるのが正しいわけ?」涼矢はニヤニヤする。
「うっせえよ。」和樹は手にしていた涼矢のパンツを投げつけた。「これも。嘘つきやがって。おまえのじゃないかよ。」
「おまえのだよ。1枚もらったから、1枚あげる。」
「要らねえよ、馬鹿。」
「ネクタイだって交換した仲じゃないですか。」2人の高校の伝統。卒業の日、好きな人とネクタイを交換する。
「俺の美しい思い出を汚すな。」
「美しい思い出だと思ってくれてるんだ?」涼矢はニコニコする。
「あの頃はおまえが。」
「俺が、何?」
和樹はベッドに戻り、涼矢の隣に横たわった。「そんな、変態だと思ってなかった。」
涼矢は反論もせずに何故か嬉しそうに笑って、和樹の頬を愛しそうに撫でた。
「変態って言われて、どうしてそんなヘラヘラしてんだよ。」
「和樹は、ずっと可愛くてカッコいい。あの頃も、今も。」更に、和樹の頭を撫でる。
「そう思うなら、なんで……。」
「ん?」
「なんで、ああいうこと、するわけ?」
「ああいうことって?」
涼矢がわざととぼけているのは丸分かりで、和樹のほうもあえて言う。「口ん中にパンツ突っ込むとか。」
「だって和樹、声大きいから。」ニコニコと涼矢が答える。
一瞬ひるんだ和樹だが、今日こそはと言い返す。「お、俺はタオルって言った。タオル突っ込めって。穿いてたパンツって、ひどくねえ?」
「俺だったらご褒美だけど。」
「なっ……。」
「だって俺、変態だから。」涼矢は和樹の頭を引き寄せて、額にキスをした。「その変態に突っ込まれて何度もイッて失神する和樹が大好きだよ。」
「……もういい。もっかい寝る。」
「うん、おやすみ。」頬にもキスをした。「俺も寝る。」そう言って欠伸をした。和樹が目をつむると、涼矢が手に握ってきた。
和樹も握り返して、目をつむったまま言った。「おやすみ。」
改めて目を覚ました時には、もう10時をまわっていた。涼矢は布団も掛けずに壁にはりつくようにして、まだ寝ていた。おそらく壁の冷たさを無意識に求めているのだ。和樹も、熱帯夜だったりすると、朝起きたらそんな風になっていることがよくある。もう今日から9月だと言うのに、昨夜も暑苦しい夜だった。
和樹は涼矢を起こすかどうか悩んだ。別に何の予定があるわけでもないから、起こす必要はない。けれど、涼矢が帰るまでの残り時間は限られている。
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