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第181話 それでも、朝は来る。(2)

 上半身を起こして、ぼんやりと涼矢の寝顔を眺める。少し暑い。エアコンを入れた。つけたり消したりするよりも、ゆるくつけっぱなしにしておいたほうが電気代は安い。そんな話を聞いたことがあったが、どうしてもこどもの頃からの習慣で「つけっぱなし」というのは抵抗があって馴染めない。そのくせ、ゆるい温度というのもどうも苦手だ。冷房なら肌寒いぐらいに、暖房なら半袖で過ごせるほど暑く設定したい。実家では自分の部屋だけはそうしていて、たまに母親や兄が和樹の部屋に来ると、その極端な温度差に「なんでこんな設定にしてるの!!」と責められ、その件については「地球環境に優しくない和樹」と言われていた。  今も「急冷モード」で、一気に温度を下げる設定にした。エアコンの吹き出し口から強風が出て、ちょうど風の当たる位置に顔があった涼矢が目を開けた。別にそれで起こそうと思ったわけではないけれど。  おはよう、より先に、「寒い?」と和樹が言った。 「いや、平気。……何時?」寝ぼけた声で涼矢が言う。 「10時ちょい過ぎ。」 「寝過ごした。」 「何時に起きるつもりだった?」 「あの店のモーニングに間に合うぐらいには。」 「ああ、そっか。今日明日しかチャンスねえか。……じゃ、明日だなぁ。」 「うん。明後日でも大丈夫かもだけど、ちょっと慌ただしいかな。」 「何時の新幹線?」 「自由席に並ぶ。夏休み終わりの日曜だし、混むかもしれないから、早めに出るつもり。」 「一日ずらして月曜に帰れば?」 「うーん。」涼矢はもぞもぞと体を起こした。ベッドの上で2人、足を延ばして並んで座っている状態になった。 「月曜に何か用事あるの?」 「ないけど。」涼矢は困ったように和樹を見て、おもむろにキスをした。「おはよ。」 「ん、おはよ。……で、用事ないなら別に……。」 「そうなんだけど。」涼矢はうつむいた。 「え、なんでそんな、照れてるの。」涼矢の頬が赤くなっていた。 「いや……。なんかそれ、ずるいよ。」 「え?」 「泣いてすがられるより、困る。」 「何が?」 「帰りたくなくなる。」 「1日ずらすだけの話……って言っても、別に俺はもっといてくれてもいいけど。大学いつからだよ。ギリギリまでいれば?」 「だめ。」 「なんで。」 「だめなんだって、そういう、ズルズルした感じ。一度決めたことはね、ちゃんとやらないといけないでしょ。」 「真面目か。」 「真面目だろ、俺は。」 「まあ、そうだけど。最近、おまえの真面目さを忘れそうになるわ。」和樹はベッドから降りた。 「どういう意味だよ。」 「自分の胸に聞けよ。」 「真面目っていうかね。自分の判断に自信がないから、ルールを守っちゃうだけなんだけどさ。」 「セックスのルールは誰に従っているんだよ。」和樹は服を物色しはじめた。 「そこだけはルールも正解も分からないから、俺の判断だな。」 「ああ、それじゃ確かに、おまえは自己判断しないほうがよさそうだ。」 「ひでえこと言うなあ。つか、なんで着替えようとしてんの。」 「あの店じゃなくても、どっか別の店で食べてもいいかなぁって思って。もっと遅くまでモーニングやってる店もあると思うよ。」 「あの店以外で、行ったことある?」 「ない。」 「じゃあ、いいよ、俺、なんか作るから。探しまわった末にファストフードなんて嫌だ。」 「パンも切らしてるし、ごはん炊けるの待つのやだし。」予想はしていたことだが、涼矢はよく食べる。買い物の適正量が分からないまま今日まで来てしまい、毎日のように買い出しをしているが追いつかない。和樹は何度も買い物に行くのを面倒に感じるが、涼矢は買い物自体が楽しいようで、不満はなさそうだ。「それに、この辺、ファストフードじゃなくても店あるよ。田舎とは違うの。」 「分かったよ。」不承不承の様子で涼矢もベッドから起き上がる。 「なんで嫌なの?」 「……浮気するみたいで。」 「はい?」 「あの店以外のモーニングってさ。」 「ああ、そういうこと。」和樹は笑う。「じゃあ、カフェじゃなくてさ、和食は? 焼き鮭定食とか。そういう店も確かあったよ。それなら浮気っぽくないだろ。」自分でそう言いながらも、そういうもんかなぁ、と疑問に思う。けれど、涼矢の表情は一転して明るくなり、「うん、それがいい。」と言ったので「よし」とした。 「あとさ、ほら、モデルやハリウッドセレブ御用達が好きそうな朝食を食べさせるとこもあるよ。アサイーだの、チアシードだの、なんちゃらオイルだの。」 「俺は焼き鮭がいい。」 「はいはい。」和樹は笑って支度を進める。  和樹の言う和食の店に向かう道すがら、涼矢が言った。「和樹の家に泊まった翌朝に、そういう朝ごはん、ごちそうになっただろ?」 「そうだっけ。」 「そうだよ。焼き鮭と玉子焼きとお浸しと味噌汁っていう、ザ・日本の朝食って感じの。あれ、美味しかった。」 「おまえ、家じゃそういうの食べないって言ってたな。」 「うん。だからね、そういうのが食べたい。」 「うちでも作らなかったね。」 「だってさ、魚焼きグリル洗うのが面倒だし、味噌買ってもどうせおまえ使わないんだろうし。」 「俺が理由か。」

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