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第182話 それでも、朝は来る。(3)

「まあ、そういうことになるな。それに、そういうのって、自分で作るって言うより、人に作ってもらいたい感じ。理想はお母さんだけど、うちの佐江子さんには、それ期待できないんで。」 「へえ。……じゃあ俺、おまえが次に来る時までに練習して、作って食わせてやるよ。」  涼矢はピクッと眉を上げて軽く驚いてから、嬉しそうに笑った。「それは楽しみだ。」 「あ、どうせやりゃしないって思っただろ。」 「そんなことないよ。」涼矢はずっとニコニコしている。「次に来る楽しみがあるなら、帰るのもちょっとは苦じゃなくなる。」 「ああ、そうそう、その話。……って、この店なんだけど、どう?」和樹が足を止めたのは定食屋の前だ。手書きで「朝定食 500円」という張り紙が出ていた。 「この値段で鮭つくのかな。味噌汁と納豆だけだったりして。」そんなことを言いながら、2人でのれんをくぐった。  中に入ると、もう少し詳しい朝定食用のメニューがあり、500円は基本のセットで、予想通り白飯に味噌汁と納豆、それに生玉子ということだった。ひじきの煮物などの小鉢がプラス100円、焼き鮭はプラス150円。2人は基本セットに焼き鮭をつけた。しばらくして定食が持ってこられた。 「ごはん、美味しい。」涼矢が言った。 「うん。美味いな。」 「しらすおろしもついてたね。」 「そういうの、ちょっと得した気になるよな。」 「この卓上セットだけでエンドレスに食える。」卓上には海苔とふりかけと柴漬けが置いてあって、それは無料で好きなだけ食べていいとのことだった。 「いや、シャケ食えよ。」 「食うよ。でも1杯目は納豆で食う。そして2杯目は海苔と玉子としらすで、3杯目にメインディッシュの鮭だ。」 「おまえな、いくらごはんお代わり自由だからって。」 「3杯は常識の範囲だと思う。あ、でも柴漬けあるからな、4杯イケるかも……。」 「食ってから考えろ。」  宣言通りに涼矢は納豆だけで1杯目を完食した。頃合いを見計らって、和樹が話しかける。 「なあ、月曜日に帰れば?」 「だから、言ったろ。最初に決めたことをズルズル変えるの、嫌なんだよ。」 「臨機応変って言葉もあるだろ。」  涼矢はいったん箸を止めた。和樹をうかがうように見る。しばらくその姿勢を続けた後、観念したようにひとつ吐息をついた。「ありがとう。引きとめてくれるの、嬉しいよ。……で、実は俺、いっこ隠しごとしてます、すみません。」 「え、何、何の話、急に?」和樹は慌てて水を飲む。 「哲を連れて帰ろうと思ってる。俺が帰る時、一緒に。じゃないと、あいつこそズルズルこっちにいそうだから。」 「え、あ、何、そういう話になってるの?」 「うん。倉田さんにも哲にもそう言った。日曜日なら倉田さんが哲を東京駅まで連れて来てくれるって言ってる。今、哲のほうが戻りたがってなくて、そうでもしないと帰ろうとしなさそうなんだ。あいつ、叔父さんちに世話になってるだろ? もともと東京で騒ぎ起こした甥っこを押し付けられてるわけだよ、叔父さんは。そしたら今度は向こうで暴力沙汰だろ? もう面倒見切れないってなっちゃってるらしくて。今すぐ追い出されることはないと思うけど、いづらいんだろうな。」 「追い出されたら、1人暮らし?」 「そうするしかないと思うけど、哲ん家は、正直、仕送りするほどの経済的な余裕がないみたいなんだよね。ほら、父親違いの弟と妹もいるって言ってただろ。奨学金で学費はなんとかなっても、今までは叔父さんちだったから家賃は安く済んでたんだろうし、あとはバイトで自力で稼いでなんとかなってたけど、本当の1人暮らしとなると厳しいかも。あいつもそういうことは言わないけど、多分、そうなんだ。」 「でも留学できるんなら、それぐらいは……。」 「それだって奨学金ありきだよ。海外は給付型の奨学金も多いしね、国にもよるけど、向こうでの生活はなんとかなると思う。むしろ行くまでの、日本での準備のほうが金かかりそう。」 「じゃあ、どうする……?」 「ひとつ俺が考えてるのは……これはまだ本人も倉田さんにも言ってないけど……ていうのは、おまえにまず言わなくちゃって思ってたからだけど……うちに下宿させる手もあるかなって。空き部屋あるし、家賃出世払いで。」 「え。」 「でも、おまえが嫌がるなら、こんな提案しない。……と言っても、嫌に決まってるよな。俺がおまえなら嫌だ。」 「あー……ああ、そう。そういうの、考えてたんだ。俺の知らないとこで。」 「ごめん。倉田さんたちにも口止めしてたから。おまえ巻き込みたくなかったし。」 「巻き込みたくないってさ、哲をおまえん家に住まわせるってのは、俺を巻き込んでない話なの?」 「……そうじゃないから、今、話してる。でも、どうなるか分かんなかったんだよ、叔父さんが許してくれるかもしれないし、学生寮とかシェアハウスとかさ、生活費下げる手段は他にもあるだろうし……でも、あいつにそういった共同生活ができるとも思えないし……だからギリギリまで言わないでおこうと思ってて……。」

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