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第183話 それでも、朝は来る。(4)

「だから日曜日に帰ることにこだわってたわけ? 倉田さんの都合に合わせて?」 「うん、まあ……それも理由のひとつ。」 「まったく、ちゃんと言えよ、そういうことは。最初から。」 「そしたら、快く受け入れてくれた?」 「無理だけどさ。」 「だよね。……俺だって迷ってるよ。親にもまだ言ってないし。」 「家に住まわせるのに、親に相談してないって。」 「だから、おまえに最初に言うべきだと思ったの。おまえが嫌なら、この話はなし。」 「嫌だよ、当たり前だろ。」 「分かった。じゃあ、なしだ。」涼矢はあっさりとそう言った。  和樹のほうが食い下がる。「ちょっと待ってよ、嫌は嫌だけど、そんな簡単なことじゃないだろ。急にそんなこと言われてパニックなんだからさ、この状態で決めないでよ。つか、おまえ極端なんだよ、今まで散々哲のことは哲が決めればいいって突き放してたのに、急にそんな、一緒に住むみたいなこと言い出して。」 「だから、言ったろ。俺はそういう加減てのが分かんないんだって。……それに一緒に住むって言ったって、部屋をひとつ貸してもいいかなって思っただけだよ。それも、もし叔父さんのところにいられなくなって、しかも次の居場所がどうしても見つからなかった時は、って条件付き。エミリと同じだろ。」 「ちげえだろ。そうなったら、1週間やそこらの話じゃないだろ? 下手したら卒業まで面倒みるのかよ。」  その時、先客の誰かが「お替わり」と言っている声が聞こえてきた。  危うくヒートアップしてしまうところだった和樹だが、その声で我に返った。「……とりあえず食おう。おまえ4杯食うんだろ。部屋に戻ってから、落ち着いてもう一度ちゃんと話しよう。な?」  涼矢はうなずいた。その後は一言もしゃべらずに食べ終えた。涼矢は3杯でストップした。  店を出て、和樹は眉間に皺を寄せたまま、無言で歩く。突然の涼矢の話に混乱していた。当初は涼矢に妙なちょっかいを出した哲。涼矢から彼のことを聞かされた時の印象は最悪だった。実際に会ってみたらそこまで不愉快な人間ではなかったし、一見乱れた生活にも彼なりの理由があることも知ったし、心の傷も察せられた。それでも、やはり、全面的に信用できるわけではない。辛うじて友人扱いしてもいいとは思う。不幸になれとは言わない。だが、だからといって涼矢の家に哲が暮らすとなると、別問題だ。自分がエミリを受け容れた時、涼矢もこんな気分になったのだろうか。だったら拒否してはいけないのかとも思うが、どう考えても、それとこれとは違うだろう。そんなことを考えているうちに、帰りに買い物に寄ろうと考えていたことも忘れて、まっすぐ帰宅した。  部屋に上がると、涼矢はベッドに、和樹は床にあぐらをかいて、向き合うように座った。 「ごめん。」と涼矢が切り出した。「ほかの手段がどうしてもない時には、そういう選択肢もあるのかなって思っちゃって。でも別に、あっちから頼まれたわけでもないし、俺が言い出さなければいいだけの話だ。……おまえには、嫌な気持ちにさせて、悪かった。」 「ん。」和樹はうなだれる。 「なんでおまえがそんななの。悪いの、俺だし。」  和樹は顔を上げ、涼矢を見た。和樹は床にじかに座っているから、見上げる格好になる。「哲にとって、おまえは初めてのまともな友達だって、倉田さん、言ってたな。」 「……言ってたな。」 「おまえにとっても、あいつは、特別な友達なんだろ? 一緒にいて誇らしくなるような。」 「……。」 「もし……もしものことかもしんないけど、叔父さんとこ追い出されたら、行き場、ないんだろ? 学生寮なんてあいつには無理って、俺だってそう思うし。そうなったら、最悪、大学辞めなきゃいけないかもしれないんだろ?」 「そうだけど、そうなっても、それは仕方ない。金の問題で大学に進学できない人なんかたくさんいる。いろんな事情で中退して働く奴だってごまんといる。勉強が続けたければ、休学して金貯めるなりすることもできる。それは本人とその親が考えるべき問題で俺がどうこう言えるもんじゃない。」 「でも、おまえは哲に中退も休学もしてほしくないんだよな?」 「うん……あいつも勉強は好きだと思うし、学校はこのまま続けたいと思ってると思う……けど、実家に頼る選択肢はない以上、叔父さんのところを出たら、今まで通り大学に通うってのは、無理だろうな。」 「だけど、ひとつだけ、あるわけだ。おまえんちから通うっていう方法が。それにさ、俺にだって分かるよ。あいつ、中退だの休学だのしたら、二度と大学になんか戻ってこないだろ。おまえもそう思うから、そんなこと思いついたんだよな?」  涼矢は困惑の表情で押し黙った。言い当てられた困惑なのか、言われて初めて自分の思いに気付いてのその表情なのかは、和樹には分からなかった。  和樹のほうもそれが感染したように困り顔になりつつ、言う。「気持ちは分かるけど、いいよとは言えねえな。」 「……うん。」涼矢はうっすらと微笑む。「ありがと、ちゃんと考えてくれて。」 「そりゃ考えるさ。」和樹は立ち上がり、涼矢の隣に座った。「……ただし、ね。もいっこ、補足。」 「えっ?」涼矢は和樹を見た。

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