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第184話 それでも、朝は来る。(5)

「佐江子さんに聞いてみたらどうかな。今ここで俺らがぐだぐだ言ってもさ、おまえん家はおまえのもんじゃねえだろ。ここで俺がいいよって言ったって、佐江子さんがダメならダメなわけだ。ああ、もちろん親父さんにもな。」 「え、だって、和樹は嫌なんだろ? だったらしないよ。おふくろに話すまでもない。」 「そうだよ、嫌だよ。ただ感情的に嫌がって反対してるんだよ。でも、逆に言えば、それだけだよ。おまえが俺を不安にさせなければ、反対する理由にはならない。おまえ、エミリに毎日電話させたじゃない? ああいうこと。毎日電話しろとは言わないけども、使わせる部屋はおまえの部屋から一番遠い仏間にするとか、食事は絶対作ってやらないとか。なんか、そういうの全力で約束してくれたら、俺の気持ちは、なんとかなるかもしんない。……ならないかもしれないけど、そうなったらそうなったで、その時、奴を追い出してくれれば、それでいい。」 「でも。」 「でもでも、うるせえな。おまえさ、そもそも俺が嫌がるのなんて、悩む前から分かり切ってることだろ。それなのに悩み続けてるってのは、俺を説得できる余地があるって思ってたんだろ? 説得して、哲のこと、なんとかしてやりたかったんだろ? だったら必死に説得すりゃいい。それなのにあっさり俺が嫌ならやめるってさ、それじゃ俺に責任転嫁してるだけだろ?」 「……哲のことで必死になったら、もっと嫌じゃない?」 「すっげえ嫌だよ、でも仕方ないじゃん、それしかないなら。」 「和樹、言ってることムチャクチャだと思う……。」 「おまえがややこしい友達作るからだろ、おまえのせいなんだから、俺に責任転嫁するなっつってるの!」 「……すみません。」 「とにかく。親に、それとなく、話を通しとけよ。まあ、おまえに、それとなく伝えるなんて芸当ができるかどうか知らねえけどな。」 「……自信ないけど、はい。」 「つか、そもそも哲が叔父さんに頭下げて、今まで通り戻れりゃそれでいいんだろ? まずはあいつにそれやらせろよ。」 「それはもう、倉田さんから言い聞かせてもらってて。」 「あのおっさんで大丈夫なのかよ。俺からも言ってやろうか?」 「いや、それはさすがに。和樹、良い奴過ぎる。そこまでしなくていい。」 「おまえが哲のこと、構うから、俺だって。」 「おまえは、構わなくていい。つか、構っちゃだめ。直接連絡取るのもだめ。」そう言って涼矢は目をそらし、頬を赤くする。 「何その態度、妬いてんの? なんでそっちが嫉妬してんの? 今の話、どう考えても俺が嫉妬する側だろうが。」 「もういいから。おふくろにもちゃんと言っとくし。はい、この話はおしまい。」涼矢は立ち上がり、そそくさとキッチンに立つ。 「なんだよ、それ。」  涼矢はコーヒーの用意をしながら、顔だけ和樹のほうを振りかえった。「あ、でも、その、日曜日に帰るっていうのは。」  口籠る涼矢にかぶせるように和樹が言った。「分かったよもう。哲を連れて帰れるのはその日しかねえんだろ。勝手にしろよ、馬鹿。」そして、ぽすっ、と枕に拳をめり込ませた。 「し、新幹線は、離れた席にするから。」 「友達と同じとこに帰るなら隣に座ればいいじゃんかよ、不倫カップルじゃねえんだから、普通に一緒に帰れよ、お友達らしく。」お友達、を強調して言う。  涼矢はそれには直接の返事をしないで、「コーヒーは、アイスにする?」と聞いた。 「ああ。」  やがてふたつのカップを持って、涼矢が和樹の隣に戻ってきた。ひとつを和樹に渡す。  一口二口飲むと、涼矢は「和樹。」と呼びかけた。 「なんだよ。ちなみにおまえのことは好きだよ。」 「……先に言われた。」 「だって、いかにも俺のこと好き?って聞きたそうな顔してた。」  涼矢は前髪をかきあげて、吐息をついた。  和樹はそんな涼矢をジロリと見る。「好きって言ってんのに、何その、憂鬱そうな顔。」  涼矢はカップを持ったまま、そして、そのカップを見つめたまま、言った。「なんでこんなこと、言っちゃったかな、俺。」 「うっせえよ、今更。」 「和樹さ、もしかして、エミリの件を借りだと思ってる?」 「へっ?」 「エミリがここに避難したのを俺が許したから、今回はそっちが受け容れなくちゃって思ってる?」  和樹は即座に「思ってないよ。」と否定した。「それに、受け容れるなんて一言も言ってねえぞ? ただ俺を全力で説得してみろって言っただけ。」 「そっか。」涼矢はカップをテーブルに置いた。先に和樹が置いていたカップの周囲には、結露が垂れて水滴の輪ができている。 「嫌なら嫌って言うよ。つか、もう言ってるけど。……でもさ、周りにどう思われても、やんなきゃなんねえことも、あるだろ。」 「俺は……和樹に嫌な思いをさせてまで、やらなきゃならないことなんかないよ。」その時、和樹が涼矢の頬をつまんだ。手加減もせずにつまみあげたので、「イテテテッ」と涼矢は顔を歪ませた。 「じゃあ、やめちまえよ、哲のこと構うの。日曜日も帰るなよ。関係ねえだろ、哲なんか。」和樹は頬をつまむ手を離さずに、更にもう片方の頬もつまんだ。「俺は嫌だよ。おまえんちにあいつがいるなんて絶対嫌だよ。毎日電話かけてこようが、哲の部屋に外から鍵かけようが、嫌だよ。おまえの母ちゃんが許したって俺は許さねえよ。あんな奴、おっさんに任しときゃいいだろ。大学辞めようがなんだろうが、俺はどうだっていいよ。」

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