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第967話 Something four (14)

「確かにそうですね」  和樹は自分のネクタイと涼矢のそれを見比べる。恵に買ってもらった紺のスーツに、涼矢からもらった水色のネクタイ。爽やかではあるがいかにも無難で没個性的な取り合わせだ。涼矢の黒のスーツに臙脂のネクタイも、二十歳の記念写真を撮るにしては渋すぎるように思える。 「取り替える?」  と涼矢が言うが早いか、和樹はネクタイを緩ませる。 「やっぱ、俺らのネクタイは交換される運命なんだ」  和樹の独り言のようなその呟きが、涼矢の耳にくすぐったく響いた。  二人がその場でネクタイを交換すると、アリスは「あらぁ、いいじゃない」と大げさにしなを作った。 「ネクタイがいいもんだと俺の安いスーツも少しは高く見えるかな」 「ネクタイより着てる人の問題じゃない?」 「んまっ、涼矢くんたら、それって和樹くんが着れば最高級品に見えるってこと?」 「最高級とは言いませんけど、二割増しぐらいにはなるんじゃないですか」 「元が安いから、二割増しでも大したことないな」 「そんな風に言わないの。二人共とっても素敵なんだから。私にはここがパリコレかミラコレのランウェイに見えてきたわ……」 「ここはアリスの魔窟だよ」  珍しいことに、横から正継が軽口を叩いた。 「やーねえ、ちょっとばかりイケメンの息子たちに囲まれるからって調子に乗っちゃって」  アリスが何気なく口にした「息子たち」という言い方に、和樹も涼矢も身を固くしたものの、正継は平然と「羨ましいだろう?」と返す。 「羨ましくなんかありまっせーん。私にだって、かーわいい娘も息子もいるし、孫なんか二人もいるんだからねっ」 「ますます賑やかだな」 「もう、動物園かって感じよぉ。もう少ししたら一二三のところが独立するから、そしたら少しは落ち着くと思うけどね。でも、一二三とダンナはともかく、孫は置いてってほしいわ。可愛いんだもん」 「そんなこと言ったって、店があるし、面倒見るヒマないだろうに」 「バカねえ、孫なんだから好きなときに甘やかすだけよ。親だったらそんなこと言ってられないけどね」 「それは同意できないね。孫でもなんでも、大人にはこどもに対する責任があるし、祖父母に好き勝手されては親の苦労も台無しだ。負担をかけてはいけないよ」 「相変わらず固いわね、分かってるわよ、そんなこと。言葉の綾ってもんよ」 「本当に分かってるのか疑わしいが、疑わしきは罰せず、かな」 「罰せずって何よ、人聞きの悪い。ちゃんと可愛がってますってば。私が何人育てたと思ってるの」  育児経験の豊富さを引き合いに出されては分が悪い。正継は黙った。アリスには意外な反応だったのか、却って気まずそうに苦笑いしている。 「……と言っても、子育てに成功したとは言えないわよね。今でこそ笑い話にもできるけど、ほーんと、一家離散の危機なんて何度もあったし。私のせいでね」 「アリスがそんな弱気なことを言うとは」 「私をなんだと思ってるのよ」 「伝説のスクラムハーフ」  タイミングよく和樹が言った。 「もう、和樹くんまで!」  アリスは大げさにむくれてみせ、それから声を上げて笑った。  その声に呼応して、衝立の向こうから、今度は佐江子の声が響いた。 「ちょっと、そっちばっかり楽しそうにしてないでよ」 「あっ、佐江子さん、じっとしててくださいっ」  何が起きたのかは不明だが、一二三の慌てぶりからして大体の察しはついた。  やれやれと呆れた表情を浮かべたのは涼矢だけで、正継は動じる様子もなくアリスに尋ねる。 「一二三さんは、美容のほうもやってるの?」 「ええ、そう。写真だけで食べていくのは大変でしょう? 結婚式にお金をかける人も少なくなったし、昔は証明写真だって写真館で撮ってもらったものだけど、今はスマホのアプリで簡単にきれいなのが撮れちゃうじゃない? それでね、今のお得意さんはコスプレイヤーなんだって。まーくん、知ってる? アニメやゲームのキャラクターの格好する子たちがいるでしょ、ああいう子たちって撮影会をするらしいのね。その写真を撮ったりしてるのよ。そんなときにちょっとしたヘアアレンジやメイクができると重宝されて、結構ご指名が入ったりするんですって」 「それじゃ佐江子さんはアニメのキャラクターみたいになって出てくるのかな? 峰不二子みたいな?」  涼矢はそのセリフを聞いて水割りを吹き出しそうになり、ゲホゲホと咳き込んだ。 「やだ、涼矢くん、大丈夫? はい、お水」  アリスはすかさずカウンター越しに水とおしぼりを差し出す。受け取ったのは和樹で、涼矢はおしぼりだけを手に取り、口に当てた。 「そんなわけないでしょ」  呆れ顔のアリスに、正継は言い放つ。 「それも悪くないと思ったんだが」 「だったらまーくんも一緒にやらなきゃだめよ。今日は二人が主役なんだから」  アリスがおもしろがりだすと、涼矢が慌てて割って入った。 「やめてくださいよ。この人、そんなこと言ったら本当にやりかねない」 「ふふ、そうよね。分かった、今日は涼矢くんに免じてやめておきましょ。そのうちコスプレパーティーでもやるわ。そうだ、ハロウィンならいいんじゃないかしら」

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