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第968話 Something four (15)

 いかにもいい思いつきだと言わんばかりに目をキラキラさせるアリスと反比例するように、涼矢の表情は険しくなる。 「めでたい日なんだから、そんな顔すんなって」  和樹は小声で言い、涼矢の脇腹を肘でつついた。 「そんなって、俺、どんな顔してた?」 「両親のコスプレを想像したような顔」 「まんまじゃねえか」  涼矢は呆れて和樹を一瞥したが、当の和樹がやけに慈愛に満ちた笑顔を浮かべているのを見て、自分の機嫌を取ってくれていたのだと気づく。  その頃にはアリスは正継による「ハロウィンの起源とその宗教的意味」の講義を聞かされており、こちらのことは気にしていない様子だった。それをいいことに、二人はボソボソとしゃべりだした。 「おまえもしてたよな、コスプレ」 「嫌なこと思い出させるなよ。文化祭のだろ?」 「それ。嫌な思い出なの? 俺だって変な被り物させられたけど、結構楽しかったよ」 「和樹はいいよ、被り物ったって、美女と野獣の野獣だろ? 最後には王子になるんだから。俺のはみっともないだけで」 「そうだったっけ? 俺の記憶はだいぶ美化されてんのかな。なかなか美人のメイドだった気がするけど」 「んなわけねえし」 「今度検証しよう」 「二度としねえよ、あんなカッコ」  和樹は黙ってじっと涼矢の顔を見つめたのちに、ニッと笑った。さっきの優しい笑顔とは異なるその笑い方で、涼矢には和樹の言わんとしていることが理解できた。――俺がやってほしいと言えば、なんでもしてくれるんだよな?  挑発するような目つきに涼矢はたじろいだ。  そのときだ。 「お支度、整いましたよ」  一二三の声が軽やかに響く。その声の調子から、少なくとも一二三にとっては満足のいく出来映えであることが察せられた。 「もう出ていいの?」  佐江子がなんの躊躇いもなく顔を出すので、一二三が慌てて押し戻した。  一瞬見えた佐江子の顔に、ほう、という声を上げたのは正継だ。と言っても、同時に上がったアリスの嬌声にかき消されて、それに気づいたのは涼矢だけだった。 「はじめちゃん、音楽、音楽」  一二三がアリスに指示を出す。 「はじめちゃん?」  和樹が涼矢に問いかけたが、涼矢も首を振って分からない、という素振りをした。 「アリスの名前だよ。漢数字の(いち)と書いてはじめ。有栖川一(ありすがわ はじめ)」 「パパだかママだか分からないからって、一二三はそう呼ぶの」  正継の解説の補足をしながら、アリスはスマホにスピーカーを接続して、曲を流し始めた。流れてきたのはオーソドックスな結婚行進曲だ。  一二三に手を引かれ、今度こそ佐江子が姿を見せた。バージンロードを歩むが如くのゆっくりとしたペースで、一歩ずつ正継のほうに近づいてくる。正継はいつの間にかカウンターのスツールから降りており、「花嫁」が自分の元に到着するのを待っている。  やがてすぐ目の前まで来ると、佐江子の手は一二三から正継へと移動した。 「えー、これでどうすればいいわけ?」  照れ隠しなのか、佐江子はわざとはすっぱな言い方をした。 「ちょーっと待っててね」  アリスがカウンターから飛び出してきて、一二三と一緒にパーテーションを取り払った。それからスタッフルームに消えたかと思うと、ワゴンを押して戻ってきた。ワゴンには二段重ねのデコレーションケーキが載せられている。 「さてと、それでどうするんだっけ。ケーキ入刀?」 「はじめちゃんが司会進行役でしょ、しっかりしてよ」一二三は呆れ顔でアリスを責めつつ、佐江子たちのほうに向き直った途端ににっこりと笑顔を見せた。「それでは、こちらの壁を背にして、まずはお二人の写真を」  するとアリスが割って入った。 「違うでしょ、その前に誓いのキス」 「はあ? ちょっと、やめてよ、やらないわよ、そんなの」  間髪入れずに佐江子が抗議した。 「じゃあ、指輪交換?」 「今更交換しなくていいでしょうが」 「もう、さっちゃんたらつまんないわね。分かった、じゃあ、宣誓だけしましょ。私、牧師さんやるから」 「何を宣誓するってのよ」 「いいから、はい、こっち立って」  アリスに強引に促されるままに、佐江子と正継は壁際に立たされた。いつもならそこにはテーブル席が作られているが、今日のために片付けられているようだ。 「じゃあ行くわよ。新婦、深沢佐江子さん。あなたはこの、田崎ま……まーくんて本当はなんて名前だっけ」  正継、と本人が答える。 「田崎正継さんを愛することを誓いますか?」 「……はい」  仕方なさそうに佐江子は答えた。 「新郎、田崎正継さん。あなたはこの深沢佐江子さんを、ずーっと、永遠に、愛することを誓いますか」 「はい、誓います」 「あら、いいお返事。そうこなくちゃ。せっかくならもうちょっと正式にやりましょうか。えーと、いいですか、あなたは、その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、for richer,for poorer,in sickness and in health,to love and to cherish,and I promise to be faithful to you until death do us part. ……誓いますか?」 「なんで途中から英語なの」 「外国船にいるときに覚えたのよ。何組か船上で結婚式挙げたのを見て覚えて」 「なるほど。じゃあ、それに答えればいいのね。Yes,I do.」 「Excellent. まーくんは?」 「もちろん、Yes.」 「では誓いのキスを」  アリスの悪ノリに一二三が止めに入ろうとしたが、それより先に、正継が佐江子の頬にキスをした。

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