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第972話 Something four (19)

 和樹は一歩前に踏み出す。  佐江子がとびきりの笑顔でうんうんと頷くのが見えた。それでいい、と言われているのだと思う。 ――欲張りだな、俺。涼矢に好かれてるだけじゃ物足りなくなった。この人たちにも愛されたいと思い始めてる。この人たちの寛容さに報いたい。  一二三が合図を送る。はい、ちょっとおすましで。次はニコッと。そうそう、素敵です。じゃあ次は思いっきり歯を見せて笑いましょう。最後はみなさん好きなポーズで。あ、いいですね。じゃ、おまけで二人でハートマーク作ってみましょうか。  最後の指示は、おそらく佐江子たちに向けてのものだったのだが、涼矢がハートの片割れを指で作ってきたので、和樹はそれに合わせてハートを完成させた。それを見た佐江子たちが一二三の言葉の意味をようやく理解して真似をした。 「もしかして、さっきのハートマークって、俺らはやらなくてよかったのかな」  涼矢が自分の勘違いに気づいたのは、それぞれの「成人式」用の撮影も終え、食事会に移ってからのことだった。佐江子たちは高砂代わりのソファ席にいて、何やらアリスと一二三と話が盛り上がっている様子だ。和樹と涼矢は少し離れたテーブルに座っている。 「だと思うよ。メインはあちらなんだから。でも結果的にはよかったんじゃない?」 「ミスったわ。あんな浮かれたポーズが写真に残るとは」 「今更言うなって。それを言うなら俺が紛れ込んでる時点で恥ずかしい」 「……悪い、なんか無理強いしたみたいになって。親父にあんな風に言われたら断れねえよな」 「や、あれは俺のほうが悪かった」 「悪くないだろ」 「だってさ、せっかく誘ってもらってるのに嫌がるなんて失礼だったなって。――それに、俺がおまえんちの家族写真に写ってたら困る場面てのはないんだって気づいたから。だって俺、そのうちおまえと家族になるんだろ? だったら別におかしくないよな。まあ、ちょっとフライングだけど」 「……それ、は、そうだ、けど」  涼矢は歯切れの悪い言い方で同意し、和樹はニヤリとした。 「おまえが今考えてることは分かってる。俺も似たようなこと考えた。だから最初、断ろうとした。でも、それじゃ最初の頃からなんも成長してない」 「最初の頃?」 「おまえ、和樹の黒歴史になりたくなーい、なんてさ、言ってたろ?」 「は? 今更蒸し返すなよ」 「うん。分かってるって。今はそんなこと思ってないんだろ? けど、俺はさっき、似たようなこと考えた。俺なんかが家族写真にいたんじゃ、いつか、おまえや佐江子さんたちが後悔するんじゃないかって」 「そんなことない」 「その通り」和樹は薄いハイボールの入ったグラスを持ち上げ、涼矢のグラスに当てた。カチン、と音がする。「そんなことない。俺たちはいつか、懐かしいね、まだ一緒に暮らしてなかった頃だよね、みんな若いね、なんて言いながらあの写真を見るんだ」  涼矢は一瞬ポカンとしたのちに、ニッコリと微笑んだ。 「涼矢は白髪が増えたね、とか言われちゃうかも?」 「そうそう。この頃は俺も髪がふさふさで……って、うるせえよ、ハゲ家系で悪かったな」 「何も言ってない」  そんなことを言い合いながら、二人で笑った。 「あらやだ、ケーキカットしてないじゃない」  アリスの声がした。 「ええ、もう無理、お腹いっぱい」  佐江子の言葉にアリスはぶんぶんと首を振る。 「だめよ、無理にでも一口は食べなさい。腕によりをかけて作ったんだから……セイさんが」  いったんはお披露目したものの、なんやかんやで冷蔵庫に戻されていたデコレーションケーキが再び戻ってくる。  アリスの口ずさむ結婚行進曲に乗せて、佐江子と正継は二人でケーキに入刀した。一二三はまたカメラを構えてその瞬間を連写し、和樹は動画を撮っていたので、拍手したのはアリスと涼矢の二人だけだ。それでも嬉しそうな笑顔を浮かべる佐江子を見て、涼矢は安堵する。そして、初めて自分の母親を美しいと思った。仮に普段のすっぴんのままでもそう思っただろう。 「はい、そこで止まって、カメラのほう見てください」  一二三の指示が飛ぶ。いいですね、素敵です、では今度はケーキのほうに視線を、次はお互いの顔を見て。次々に繰り出される指示に対応するだけで精一杯で、見つめ合ったところで照れくさく感じる暇もなさそうだ。  そのときだ。涼矢は背中を押された気がした。隣の和樹を見る。確かに、押したのは和樹のようだ。和樹は追い払うように手を振った。 「おまえも行けよ。撮ってやるから」 「さっき撮っただろ」 「やっぱ俺抜きの写真も撮っておいたほうがいいって」 「でも」 「いいからいいから」  今度は肘で押されて、涼矢は渋々ながら佐江子たちのもとへ行く。  二人のやりとりの内容までは聞こえていないはずだが、何か話し合っていたのは察したようで、誰も「和樹くんは?」とは言わない。  涼矢は両親の隣に立ち、おとなしく一二三の指示に従った。

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