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第190話 GINGER ALE with KABOSU(3)

「シラフって。」涼矢は笑う。「酔っぱらってたわけでもあるまいし。ちゃんと覚えてるだろ、和樹だって。何、あれをもう一回やってほしいの? 昨日もしたのに、癖になっちゃった?」 「黙れ、おまえな、おまえ、だから、俺の立場になってみろって。」 「あ、俺のケツにプラグ挿れたい? でも、衛生的に人との共有はダメらしいよ。どうしてもって言うなら、俺の分も買うけど、今すぐは用意できないな。」 「馬鹿、ちげえよ、そんなこと言ってねえよ!」 「じゃあ、何が言いたいわけ?」 「とにかく、これは消しません。」和樹はスマホを握りしめた。 「あっそ。いいよ、キスぐらい。」涼矢は少しすねたように唇をとがらせた。 「そうだよ、可愛いもんだろ、こんな動画で喜んでるんだから。おまえとは違うんだよ、俺は。」 「ホントだよ。」涼矢は、今度は笑って和樹の頬を撫でる。「死ぬほど可愛い。」頬の手を後頭部に滑らせると、和樹の顔を引き寄せて、キスをした。そして、その流れのままに抱きしめた。「やっぱその動画、俺にも頂戴。」  雨の音が相変わらず激しい。 「すごい音。ゲリラ豪雨ってやつかな。」パソコンのキーを打つ手を止めて涼矢が呟く。雨と聞いて、和樹は、シーツをはじめとして、さっき自分が取り込んだものが片付いていることに気付いた。隣に行っている間に、涼矢が畳んでくれたのだろう。写真を撮りあった後、涼矢は再びパソコンに向かっていた。和樹は自動的に大人しくなり、本を読んだりイヤホンで音楽を聴いたりしている。時々チラリとパソコンの画面を覗き見ると、レポートをまとめているようだった。  ひとたび勉強を始めた時の涼矢の集中力はすごい。窓の外を救急車がサイレンを鳴らしながら通っても微動だにしないし、和樹がトイレやシャワーで部屋をうろついても見向きもしない。和樹が声をかけても、2度3度呼ばないと気が付かないことさえある。最初は涼矢もイヤホンで音楽でも聴きながらやっていて気づかないのだと思っていたほどだ。とはいえ、そんな涼矢も、この部屋でひとりで留守番をしていた時には全く集中できなかったのだが、そのことを和樹は知らないままだ。だから、一瞬でも手を止めて窓の外を見て豪雨のことを呟く、その涼矢を見て、和樹は珍しい、と感じたのだった。 「外にいる時じゃなくて良かったな。」と和樹は答えた。 「うん。たこ焼きの材料も買ったし、今日はもう一歩も外に出なくて済む。」 「でもすぐ止むと思うよ、こういう雨なら。なあ、もう、行きたいところないの、こっちで?」 「あともう1回、マスターのコーヒーが飲めれば、それで。」 「そっか。」 「それに、別に今回が最後じゃないから。」涼矢は微笑んだ。 「まあ、うん。そうだな。」和樹はベッドの上で膝を抱えて座った。「でも、俺は年末は実家に帰るつもりだし、次って、来年の春休みとかになっちゃうわけ?」 「うーん。どうかなあ。」涼矢はパソコンで何かの画面を表示させた。大学の年間予定表のようだ。「秋頃に来られるかも。長くは無理だけど、金土日の3日間ぐらいなら。」 「11月は? うちの学祭あるんだ、このへん。遊びに来たら?」和樹はベッドから身を乗り出して、画面上のカレンダーを指で示した。その指先にも"学園祭"の文字がある。偶然にも涼矢の大学の学園祭と丸かぶりの日程のようだ。「あ、おまえんとこも同じかぁ。」 「別に構わないよ。俺、サークルも入ってないし、学祭だからって何かやるわけじゃない。でも、和樹は逆に忙しいんじゃない? 学祭のサークルだろ?」 「そっか、そうだな。それにうちのガッコ来て、また舞子ちゃんとかにつかまっても面倒。」 「オーストラリアにホームステイしてる彼女も、その頃には帰国してるし。」 「平然と言うなよ、一瞬納得しかけたわ。」 「言い訳に使えないって話だよ。ま、学祭と試験からズラすとしたら、10月末かな。」 「うん、分かった。俺もその辺ならたぶん大丈夫。」 「無理すんなよ。バイトとかもあるんだろ。」 「そっちこそ、そのために徹夜でレポート仕上げた挙句、寝不足でぶったおれるとか、やめろよな。」 「ああ、やりそう、俺。」涼矢は背後の和樹を振り返った。「でも、這ってでも来る。」 「だーめ。それじゃHできないもん。」 「体目当てかよ。」涼矢は苦笑いした。  和樹は言葉で答える代わりに、ベッドから身を乗り出して、涼矢の首に腕を巻きつけた。「勉強、終わった?」 「終わってねえよ。」 「そうか、終わったか。」 「終わってねえって言ってるだろ。」  そして、和樹は涼矢に口づける。「終わったよね?」あからさまなまでに、誘う目つきで涼矢を見た。 「色仕掛けしてもだめ。終わってないし、終わったらジンジャーシロップの続きやらなきゃ。」涼矢は和樹が回した腕を取り払った。 「つまんないの。」 「なんでそんなにケダモノじみてんの。」 「おまえだって六本木の交差点なんかで勃ててたくせに。」 「でも、ちゃんと、家までは自制していただろ。」

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