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第192話 GINGER ALE with KABOSU(5)

 鍋に材料を入れて火にかけるだけの作業ではあるが、和樹がやってみる。香りが飛んでしまうから沸騰させてはならないと涼矢が言い、20分ほど弱火で静かに煮る間、和樹は鍋の番をせねばならない。ガステーブルにあまり近いと熱いので、数歩下がって、ギリギリ鍋が視界に入る位置に立つ。その見守りには当然2人も必要もないのだが、涼矢もその隣に立った。 「俺が見てるから、好きなことしてれば?」と和樹が言った。 「してる。」涼矢はニコニコと和樹を見つめる。 「そういうこと言うくせに、さっきは冷たかったよな。」和樹は涼矢を睨んだ。 「ほら、鍋のほう見てなきゃ。」涼矢のニコニコがニヤニヤに変わる。「ここで沸騰したら何もかも台無しだ。」 「もう。」和樹は苦笑いして鍋に視線を戻す。涼矢はその和樹の背後に回って、後ろから手を回してハグをした。更にうなじのあたりにキス。「勝手だな。」と和樹が後ろ手で涼矢の頭をコツンと軽く叩いた。 「やめろと言われたらやめる。」 「ずりぃ。」 「きみは鍋に集中して。」 「できるか。失敗したら、りょ」言いかける和樹に涼矢が被せた。 「和樹のせいだ。」背骨の一番上あたりを、舌先でぺろりと舐めた。そんなところを舐められるのは予想外で、和樹がビクンと体を震わせた。 「邪魔するならあっち行けよ。俺は重要な任務を遂行中なんだから。」和樹はわざとらしく腕を組んで鍋を凝視した。 「それ、さっきの仕返しのつもり?」涼矢は和樹の肩に顔を乗せるようにして、頬と頬を寄せる。 「るせ。」 「可愛いな。どうしようかな。」すりすりと頬同士をすり合わせた。 「いいから離れろ、暑いよ。」和樹は背後の涼矢を肘で押す。 「和樹さん、少し火を弱めて。沸騰しそう。」 「あ。」和樹は慌ててガステーブルに手を伸ばしたが、涼矢が後ろからハグしたままで動けず、あと1歩、届かない。「ちょ、離せよ。」 「沸騰させたら、すべて台無し。和樹のせいで。」涼矢はハグの力を強めた。 「おい、やめろって!」強めに言って、ようやく涼矢は手を離す。和樹は間一髪で火を弱めた。いや、弱めようとしたが慌てていたため力加減が上手く行かずに、完全に消してしまい、もう一度着火からやり直して、弱火にした。「これで失敗したら、涼矢のせいだろ!」 「やめろって言われたら、すぐやめただろ? それまで、やめろって言わなかったじゃない? うるさいとか、離れろとか、それしか言わなくて。」 「うるせえな、そういうのを揚げ足を取るって言うんだ。」 「やめてほしくなかったんだろ?」涼矢は和樹の耳に、くすぐるように触れた。 「や・め・ろ。」和樹は涼矢の手を振り払った。「あっち行けって。」 「分かりましたよ。」涼矢は和樹から離れ、勉強していた時のように、テーブルとベッドの合間にあぐらをかいて座った。「そのまま弱火で、そうだな、あと10分ぐらいしたら、火を止めて、自然に冷まして。」 「はいはい。」 「ハイは1回、はっきりとぉ。」いつもとは少し声色を変えて、涼矢が言った。 「今の、か、かな、」和樹が腹を抱えて笑い出し、その先が言えないほどだ。 「奏多(かなた)。似てた?」津々井奏多は、2人の所属していた水泳部の同期で、部長を務めていた。  和樹はまだ笑っている。ようやく息が整ったところで、「似てた。おまえってホントに隠し芸が多いな。」と言った。 「隠してない。今、生まれて初めてやった。あいつ、後輩にああいう説教じみたこと言うの好きだったよな。教師志望らしいけど、向いてるよ。」 「俺なんか同期なのに、よく説教されたわ。部活に遅刻するなとか、準備運動タラタラやるなとか。」 「知ってる。」 「涼矢は副部長だもんな。でも、おまえは全然ああいうの、言わなかったな。"今月のスケジュール配ります、隣に回してください"。」後半はボソボソとした口調で、聞きとれないぐらいの低い声だ。 「……それ、俺の真似?」 「うん。」 「ひでえ。悪意を感じる。」 「"えー、明日の大会は8時半集合、9時に出発です。時間厳守です"。」またさっきの、ボソボソ口調だ。 「やめて。」  和樹は笑いながら、火を消し止めると、涼矢のほうに近づいて、隣にちょこんと座った。 「おい、冷ましている間もまだ作業はあるよ? 保存する瓶の煮沸消毒とか。あ、お隣さんにあげるための容器がないなあ。」 「瓶って、何でもいいの? だったらジャムの瓶、冷蔵庫の奥にあったろ。あれ、たぶん消費期限切れててもう食わねえから、洗って使う?」 「そのジャムなら、ここに来た初日に日付見て、中身は処分した。瓶は洗って……あ、でも、瓶を捨てていい日が分からなくて……どうしたんだったかな。」 「あれじゃない?」和樹の指差した先は、シンク横に置いている水切りカゴの近くだ。果たして、そこには空き瓶があった。 「ああ、あれだ。ちょっと小さいかな。まいっか。」 「うん、いいよ。ちょっとで。たくさんあげるの、もったいない。」 「おまえって案外ケチね。」 「俺がせっかく苦労して作ったジンジャーちゃんですもの。」 「鍋見てただけだろ。」 「数々の邪魔にもめげず、な。」

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