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第193話 GINGER ALE with KABOSU(6)
それから涼矢は、和樹に瓶の煮沸消毒のやり方とシロップの濾し方を教え、ジンジャーシロップは無事に大小2つの瓶に満たされた。
和樹は瓶を満足そうに眺め、「大事に飲もうっと。」と言った。
「大事にって言っても、防腐剤とか入ってるわけじゃないからな、冷蔵庫で保管するのは当然として、せいぜい10日以内には飲みきって。」
「え、それしかもたないの?」
「うん。取り分ける時も、ちゃんときれいなスプーン使えよ。舐めたスプーンとか突っ込むんじゃないぞ。」
「そっかぁ。」和樹は心から残念そうに言った。涼矢と一緒に作ったそれを、できるだけ長く味わいたいと思っていたのに。
「なくなったら作ればいい。もう1人で作れるだろ。」
和樹は涼矢を一瞥すると、何も言わずにさっきまで涼矢が座っていたテーブルとベッドの間に座った。
「なんでふてくされてるの。作り方分かんなくなったら、聞いてくれればいつでも教えるよ。」
「いい。作んない。」
「は?」
「1人だったら作んない。」
涼矢は苦笑しながら和樹に近づいて、隣に座る。「自分で作れるようになりたいって言ってたのに。」
「やっぱり面倒だし。」
「そうでもないだろ。」
「バーカ。」和樹はそう呟いて立ち上がり、今度は背後のベッドに転がると、目隠しするように腕を目の上に置いた。「すねてんだよ、分かれよ。」
涼矢も和樹の寝そべるベッドに来て、腰掛けた。「すねてるってより、淋しがってるんだろ?」
「どっちだっておんなじだよ。」目を隠したまま、口だけ動くのが見える。
「おまえ、そんなだったっけ。」
「そんなって、どんな?」
「淋しがるとか。」
「どうせ弱気になってるよ。おまえも一人暮らししたら分かるよ。……いや、おまえは慣れてるのか。」和樹は腕をずらして、涼矢のほうに目を向ける。涼矢の背が見えた。
「どうだろうな。おかえりって迎えてくれる人がいないのには慣れてるけど、だからって、一人暮らしの気持ちが分かるかって言ったら、やっぱ、違うんだろうしな。」
こういうやりとりで、「分かる分かる」などと安易な共感の言葉を口にしないところが、涼矢の誠実さだと和樹は思う。その揺らぎなさは、本人の意志と自覚に関わらず、じわりと、そして確実に他人に伝わる面だ。だから、高校の時だって、言葉数が少なくても、これといった戦績を上げていなくても、校内でも比較的大所帯だった水泳部の副部長にも抜擢されたのだと思う。当時の和樹は涼矢のことを深く知っていたわけではないけれど、3年生が引退し、自分たちの代の新しい部長は津々井、副部長は田崎に決まったと知らされた時、妥当な人事だと思ったことを覚えている。
あの頃は、あの「真面目で無愛想で、ちょっと暗い田崎」と、こんなことになるなんて、微塵も思っていなかったよなあ。
和樹が見つめていた涼矢の背中が、動く。Tシャツ越しにも、肩甲骨周りの筋肉がしっかりとしていることは、スポーツをやっていた人間なら、おそらく見て取れる。涼矢は半身をよじるようにして、和樹を見た。どうした?と問いかけるように小首を傾げて、微笑んでいる。
和樹が手を伸ばすと、涼矢は当たり前のようにその手を握った。そのままゆっくりと上体を倒して、横たわる和樹にキスをした。和樹はその背中に腕を回して、自分に引き寄せる。涼矢にしてみれば、腰掛けたままでは少々きつい体勢になってきた。結局身体ごと和樹に覆いかぶさることになった。片膝を和樹の両脚の間に立てる。あと数センチで唇が重なるところまで涼矢の顔を引き寄せる和樹に、涼矢が言う。「お隣さん対策、何か良い案は思いついた?」
「だから、この雨が降ってるうちに。」窓の外は相変わらず叩きつけるような豪雨だ。
「途中でやんでも、こっちは止められないよ?」
「うん。」和樹は更に涼矢の顔を自分に引き寄せて、キスをした。「今度の色仕掛けは、俺の勝ち?」
「俺が勝ったことなんかねえよ。」涼矢は和樹の耳を甘く噛む。
「嘘ばっかり。さっきだって。」
「さっきだって勃ってただろ。」耳の裏に舌を這わせる。
「でも挿れなかっただろ。」
「勃った段階で負けだろ。」首筋にも口づけながら、和樹の服の下へと手を差し入れる。
「いや、挿れるかどうかだろ、勝ち負けが決まるのは。」和樹は両脚を閉じて、間にあった涼矢の膝を挟み込むようにした。
「……馬鹿、何の勝負だよ。」
「まぁ、そんな話どうでもいいから。」
「おまえから吹っかけてきたくせに。」
「うん。そうなんだけど、それより。」和樹は涼矢の両頬を挟み込むように手を添え、熱く潤んだ目で、キスを誘った。涼矢はその誘いに乗って、和樹に口づける。顔の角度を変えては何度も繰り返し、その後は唇を割って舌を絡めた。キスだけで、和樹の体温は上がり、息も荒くなる。
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