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第199話 GINGER ALE with KABOSU(12)
「和樹さん、俺のこと、好きですか?」和樹から視線を外し、ジンジャーエールのマグに目を落として、涼矢が言う。
「はい、好きですよ。」
涼矢ははにかんだように笑って、マグに残っていたジンジャーエールを一気に飲み干した。かと思うと、むせて、咳き込んだ。
「大丈夫か。」
「だ、大丈夫。これ、瓶に入りきらなかった分のシロップで作ったからさ、底のほうに、酸っぱいのとかスパイスとか、いろいろ溜まってた。かぼすもたくさんしぼったし。」
「隣に言っとかないとな。入れ過ぎるなって。なんか、かぼす、すげえいっぱいあるって言ってたから。」
「そだね。やっぱり、俺も一緒に行こうかな、渡す時。」
「ベロチューしねえぞ。」
「違うよ、余ってるなら俺にもくれって言う。東京土産にする。」
「涼矢くんたら図々しい。しかもかぼすは東京土産じゃねえわ。」
「東京でゲットしたものは東京土産だろ。それに、余ってて腐らせるぐらいなら、ぜひ欲しい。うちでも同じもの、自分用に作る。」
「食うことに関しては積極的だな。分かったよ、でも、一緒に行くのはダメ。明日にでも俺がもう一度行って、欲しがってる人がいるって頼んでみるからさ。」
「今行けばいいんじゃないの。明日になったら、いついるか分かんないだろ。」
「あぁ、そっか。」
「それと、なんで俺が行ったらダメなの。連れ込んでるのがバレるから? とっくにバレてると思うけど。」
「単にヤキモチだよ。」
「え。」
「必要以上におまえを人に見せたくないの。いつどこに哲みたいのがいるか、分かんないだろ。」
「もう顔合わせてるし、それに、あの人はどう見ても哲タイプじゃないよ。」
「人は見かけじゃ分からないからね。哲だって、見た目は普通じゃん。倉田さんにしたって。」
「そりゃそうだけど。」
「とにかく、ツーショットで行くのも嫌だし、おまえだけ行かせるわけにも行かないんだから、俺が1人で行く。」
「分かったよ。行くのは良いけど、その、いかにも風呂上がりな感じで行く気か。」
「いかにも?」和樹は、首にかけたタオルで生乾きの頭をこする。「ああ、これじゃいかにもか。たまにはちゃんとドライヤーするか。」
「そのほうがいい。きちんと。隙を見せずに。」真面目な顔でそんなことを言う涼矢を見て、和樹は笑う。
和樹は洗面台でドライヤーをかけはじめると、その音に負けない声量で「明日、また髪のセットやらせろよ。」と言った。返事は聞こえない。音にかき消されているのか、返事してないのかは不明だが、どうでもよかった。どんな返事だろうが、やってやる。
髪型が整うと、和樹は涼矢に強く言われて短パンもジーンズに穿き替えた後に、隣へ赴いた。間もなくして、戻ってきた和樹の手には、昼間よりも更に大量のかぼすの入った袋がぶらさがっていた。「ねえ、なんだっけ、こういう昔話なかった? 海老で鯛を釣る、みたいなやつ。」
「わらしべ長者?」
「それだ。」和樹はかぼすの袋を床に置く。ドサッという重たい音がした。「こんなに要る?」
「くれるんならいただく。」
「余っているなら欲しいって言ったら、すげえ喜んじゃってさ、どんどん袋に詰めてくの。俺がストップかけてその量だから、どんだけ送られてきたんだか。そうだ、ジンジャーシロップも超喜んでたよ。」
「ちゃんと言った? お騒がせしてすみません、って。」涼矢は袋の横にしゃがみこんで、かぼすの色艶を確認するようにためつすがめつしている。
「言うかよ。でも一応、明後日には帰るから、大家さんには内緒にしてくださいって言っておいた。」
「え。」しゃがんだまま、和樹を見上げる。「俺のこと、言ったの?」
「迷ったけど、一言も触れないのも不自然かなぁって思って。」
「彼氏来てますって?」
「いや、彼氏とは言ってない。ちょっと地元から来てて、みたいな感じで。濁して。」
「濁して言って、あとは察してもらう、と。」
「はっきり言ってほしかった?」
「しょうがないですよね、どうせ日蔭の身ですから。」またかぼすに目を落とす。
「そういう言い方するなら、ちゃんと言うけど。今からでも訂正しに行こうか?」
「ムキになんなよ。」
「じゃあ、おまえもそういうこと言うなよ。」
涼矢は立ち上がって、和樹に近寄り、頬にキスをした。「ごめんね。今のは俺が悪かった。」
「まったくだよ。」
涼矢は和樹の両肩を抱いて、もう一度、今度は唇にキスをした。「俺のことを彼氏って、おまえがそう思っててくれれば、それでいい。」
「ん。」和樹は少し照れくさそうに目をそらして、やんわりと涼矢の手を外した。「そろそろ腹減ってきた。たこ焼き、作ろうぜ。」
「うん。」
「たこ焼きにかぼすって合わないかな。」
「どうだろう。具としては合わないと思う。デザートバージョンの甘いの作る時に入れてみようかな。あ、でも柚子胡椒は合う気がするから、辛さと合わせればイケるかも?」また後半は独り言だ。
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