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第200話 GINGER ALE with KABOSU(13)
「実験してるみたい。」
「料理は科学実験だろ。」涼矢はボウルを出し、材料を並べはじめた。
「そうか?」
「前に、紫芋でカップケーキ作ったんだ。俺、お菓子はホットケーキミックスでしか作らないからさ、その時もそれで。そしたら、すげえ変な緑色になって。びっくりして調べたら、ホットケーキミックスに入ってるベーキングパウダーはアルカリ性で、紫芋の紫色ってアントシアニンなんだけどさ、あれって、アルカリ性に反応すると緑になるんだよ。そのせいだった。リトマス試験紙と同じような理屈。」
「おお、サイエンス。」
「だろう?」
「味は変わるの?」
「変わらないけど、気分的にね、美しい紫色を目指していたら粘土みたいな緑だから、ちょっとね。くやしいから夏休みの自由研究のネタにしてやった。」
「転んでもただでは起きないな。」
「母親の誕生日だったんだ。」
「え。」
「佐江子さんの誕生日。それで、普段は作らないケーキを作ろうと思った。あの人、意外とピンクとか、すみれ色とか好きだから、そういう、可愛いの作ろうと思ったの。そしたら、禍々しい緑の粘土が出来あがったんだよ。ショックだよ。」
「それで、自由研究。」
「うん。まあ、佐江子さんにはその自由研究をいたく褒められて、ケーキより嬉しいって言ってもらえたから、報われたと言えば、報われた、かな。」
「いじらしいねぇ、涼矢くんは。昔も今も。」
「尽くすタイプなんですよ。」
「はは。……でもさ、それ女子の前では言わない方がいいよ。マザコンって言われるぞ。」
「これでマザコンなら、俺、普段は車の送迎までしちゃってるけど。いや、それ以前にメシ作ってやってるし。」
「やだぁ、アタシの彼氏、マザコーン。」
「俺は和樹のお母さんも好きだよ。」
「それはちょっとニュアンス違わないか? 熟女好きか。」
「どうしてそういう発想になるの。愛する人を生んでくれた人だよ、好きになりますよ。」
「うわ、涼矢くん、めっちゃ良いこと言うね。みんながそう思えたら嫁姑問題も起きないのにね。」
「まぁ、でもいろんな事情があるからね。姑が悪いとか嫁が悪いとか一概には言えないけど。血のつながった実の親子だって、みんながみんな親だからって無条件にこどもを愛せるわけじゃないし。」
「知り合いにそういう人がいるの?」
「直接の身内じゃないけど、過去の裁判の事例なんか読んでると、愛情のない親子なんかいくらでもいるんだなって思う。哲のとこだって微妙な感じで。……あ、ピック。」
「へ、ピック? ギター?」
「違う、たこ焼きひっくり返す、千枚通しみたいなやつ、あれがないや。どうしようかな。竹串とか、ない?……って、あるわけないよな。」
「ない……いや、ちょっと待て。」和樹は、キッチンの引き出しを開けた。そこには、コンビニ弁当を買ってきた時についてきた割り箸やプラスチックのスプーンなどを放り込んでいる。この間、ゴミ箱から倉田の連絡先を掘り出すのに使った割り箸もここにあったものだ。「これでいい? 前にたこ焼き買ったら、ついてきた。」和樹が竹串が2本だけ入っている小袋を見せた。
「おお、上等上等。」涼矢は引き出しの中を覗き込む。アイス用の小さな木べらやら、1本だけのストローやらまで、ごちゃごちゃと入っていた。「なんでも取っておくもんだな。俺、そういうのすぐ捨てちゃう。つか、それがあるって覚えてるのがすげえ。」
「結果として、おまえの部屋はきれいに整頓されてて、俺の部屋は俺の部屋みたくなるわけだよ。」
「納得。」
2人はたこ焼きの準備を調えると、食事の際の定位置にそれぞれ座る。和樹はベッドとテーブルの間に。涼矢は、その右側、90度の位置に。そうやって座ると、2人ともテレビが見やすい。実際のところ、2人の食事の時にテレビをつけることはなかったのだが。
「たこ焼き、家でやってたんだよな?」涼矢が聞いた。
「うん。」
「俺ね、実はやったことない。」
「えっ、そうなん? それ、今この段階で言う?」
「イメトレは済ませた。けど、和樹が焼けるんならお願いしたい。」
「イメトレすんなや。」和樹は笑いながらも、「分かったよ、どれからやる?」と言った。テーブルには、タコだけでなく、ウィンナーやコーンやチーズやキムチが並んでいる。都倉家式だ。
「お任せで。」
「キムチはあんまり入れない方がいい? チーズも入れるから、そんなに辛くならないと思うけど。あ、最初はスタンダードなやつのほうがいいか?」
「ん、じゃあ、スタンダードで。その次はキムチの。」涼矢は箸を構えて、ニコニコする。
「やけに上機嫌だな。」和樹は油を塗ったプレートに生地を流し入れる。
「だって、今の和樹、超カッコいいし、優しい。」
「あ?」テンポ良く、くぼみのひとつひとつにタコを入れて行く。ネギと桜エビは最初から生地に混ぜてある。「キムチとかチーズとか、カッコいい要素、いっこもないだろ。」
「生地が溢れてるけど。」
「これでいいの。ひっくり返す時、これを中に押し込めてく感じで焼くと、真ん丸になるから。」
「なるほど。」
「で、カッコいいって。どうして。」
「はは、気になる?」
「ええ、実に気になりますね。」
「キムチのこと、俺が辛いの苦手だから、あんまり入れない方がいいか?って聞いてくれたんだろ?」
「うん。」
「それとか、キムチチーズ好きなのに、スタンダードから始めようってのも、俺はそういう風に食べたいだろうって思ったわけだろ?」
「うん、そうだけど。それが?」
「そういうの、嬉しいじゃない? 俺の好き嫌いや、普段の行動パターン、覚えててくれてるんだなぁって。そういうのをサラッとね、いかにも気を使ってますよ感なしで、ナチュラルにできるとこが、カッコいいし、優しい。」
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