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第202話 Prayer(1)

 翌朝涼矢が目を開けると、隣にいるはずの和樹がいなかった。体は起こさず目線だけで辺りを探していると、洗面所から出てきた和樹と目が合った。「あ、起きちゃった。」と和樹が言う。  事態がうまく飲み込めずにぼーっとしていると、和樹がベッドの脇まで来て、「おはよう。」と言いながらキスしてきた。それを受けながら、涼矢は昨日の寝る前のことを思い出す。目覚ましをセットした、と和樹は言っていたと思う。 「目覚まし鳴った?」と涼矢が言った。2人の言っている「目覚まし」は、時計でなくスマホの目覚まし機能のことだ。 「鳴ってない。それより前に目が覚めたから、解除した。で、おはようのキスで目覚めさせようと思ったんだけどな。第一弾からミスった。」 「第一弾?」 「涼矢甘やかし作戦。」 「ああ。」涼矢は笑った。もう一度目をつむり、胸の上で手を結ぶ。「どうぞ。」  和樹は苦笑しながら、涼矢にキスをした。涼矢はパチッと目を開けた。和樹の覗き込む顔がすぐ近くにあった。「おはよ。」寝たまま、目の前の和樹の顔をぐいっと引き寄せて、自分からもキスをした。口を半開きにして、舌を出すと、和樹もそれに応えた。 「朝っぱらから濃厚だな。」  和樹のそんな言葉に対しては、涼矢はただ微笑むだけだ。「起きて、何してたの。」と聞く。 「トイレ入っただけ。俺が起きたのも、ついさっきだから。」その言葉を裏付けるように、寝た時と同じく上半身は裸のままだし、髪も乱れていた。 「俺もトイレ行こう。」涼矢がのっそりと起き上がる。 「ベッドから出ないんじゃなかったのか。」 「ここでしてもいいけど? あ、甘やかしモードだから、尿瓶でも用意してくれんのか。」 「馬鹿、それじゃ介護だ。くだらねえこと言ってないでさっさと行け。」  涼矢は笑いながらトイレに向かった。  和樹はカーテンを開けて外を見る。台風一過の晴天が広がっていた。こんな快晴の日に、本当に涼矢は喫茶店や近所の公園に行くだけでいいのだろうか。とはいえ、涼矢のためにバイトして用意したお金は、実のところもう底を突いていて、生活費に食い込んでいた。これを使いきってしまうと、次の仕送り日までの1週間が相当苦しい。一番の原因はプレゼントの食器が当初の予算より高くついたことだ。2人分の食器だから仕方がないことで後悔はしていないが、とにかくスタートの時点で破たんする予算編成ではあった。昨夜はお台場だディズニーランドだと自分から提案したが、いざそれに賛同されていたら困っていただろう、というのが本音だ。  モーニングセットの何割かを出して、ガーナとハーゲンダッツを買う。それぐらいはギリギリできるだろう。でも、それで終わり、今回の"最後の晩餐"を外食にするのは無理だな……と自嘲気味に思う。涼矢に正直に言えば、金は俺が出す、と簡単に言いのけるのだろう。そして、それをあいつは負担に思わないのだろうし、俺にも気にするなと本気で言ってくれるのだろう。  でもなあ。それが言いたくないんだよなあ。 「天気良いね。」いつの間にか涼矢が背後に立って、同じように窓の外を見ていた。「今、洗濯機回してるから、それ干したら、モーニング、行こう。」 「おう。」和樹は背後の涼矢の顔を、正確にはその上方を、見つめた。 「何?」 「頭、やってやる。」 「え、何、俺、殴られたりする?」 「ちげえよ、ヘアセットしてやるっつってんの。」 「前髪上げんの?」 「上げる。そして今日は少しハラリだ。女子受けがいいやつだ。」 「俺、女子受けを狙ったことは今までの人生で一度もないんだけど。」 「俺も好きな髪型。俺、生え際にだけ少しクセがあるから、自分ではうまくできないんだよね、前髪ハラリ。だから憧れるんだよね、前髪ハラリ。実に好みなんだよなあ、この髪型。」 「是非お願いします。洗濯機とドライヤーは、ブレーカー落ちない?」 「落ちない。」和樹はさっさと洗面所に向かう。涼矢もその後に続いた。  涼矢のヘアセットが終わり、洗濯物を干す作業も2人でやったらすぐに終わった。 「おまえのパンツ干すのも、これでいったん最後だなあ。」と和樹が言った。 「そう思うと、パンツの洗濯すら切ないねえ。」 「パンツについてはロクな思い出がないけどな。」 「そうだっけ。俺、すげえ楽しい思い出ばかりだけど。」 「バーカ。」和樹は苦笑いすると、財布の入ったボディバッグを肩にひっかけて、「じゃ、行こうか。」と言った。  涼矢も自分のバッグを手にした時、和樹が「あ、メガネ忘れんなよ。」と言った。 「またかよ。」メガネはバッグではなく、例の「涼矢コーナー」に置いてあったようで、数歩戻ってメガネケースを手にした。かけずにバッグにしまおうとする。  それを見咎めて、和樹が「俺の好みは?」と言う。 「かしこまりました。」一転して、涼矢はケースからメガネを出してかけた。和樹のすぐ近くに寄って、顔を突き出す。「これでOK?」  和樹はその頬を軽く2、3回叩いた。「とっても素敵よ、涼矢くん。」

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