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第210話 夢で逢えたら(2)

「俺まだ、食ってねえ。」和樹は空いた皿をシンクに置いて、ようやく自分のチャーハンにありつけた。「冷めちゃったよ。」  涼矢はベッドにまた横たわった。 「おまえは病人かよ。」 「へへ。」涼矢にしては珍しい笑い方をした。それから横向きに寝る体勢になり、和樹の食事風景を眺めはじめた。 「食えない味じゃないよな。」チャーハンを口に運びながら言い、無意識にテーブルの上の水を飲んだ。 「それ、俺の飲みかけだけど。……俺はもう飲まないけど。」 「え? ああ、そっか。まあ、いいや。」気にせず残りも飲んだ。 「チャーハン、美味しかったよ。カレーも、たこ焼きも美味かった。また作って。」  和樹は最後の一口を口に入れたところだった。それを飲み込むと、涼矢のほうは見ないで言った。「この次は、もっと美味いの作れるようにしておくよ。」  ――この次は。  都庁の展望室では、涼矢がそれを口にした。  それは、今回の上京が最後ではないことの証であると共に、今回に残された時間があとわずかであることの証でもあった。 「金ももっと貯めておく。もうすぐ塾講のバイトも始まるし、この次の時は、もっとちゃんと。」  言い終わらないうちに、涼矢がベッドから身を乗り出して、和樹の肩を抱き寄せた。「限界。こっち来て。」  和樹は立ち上がり、ベッドの涼矢に覆いかぶさった。顔を近づけ、キスすると見せかけて、ギリギリのところで止まった。「皿荒いが終わってないんだけど。」 「え?」 「気にならない? 先に洗ってこようか?」ニヤついた顔でそんなことを言うので、わざと言っているのは見え見えだった。  涼矢は一瞬ムッとした後に、和樹の首に腕を回し、負けじと甘ったるい声で言った。「やだ、離れたら淋しい。行かないで。キスして。」 「やり返してくるなあ。」和樹が苦笑する。「したけりゃ、そっちからすればいいだろ?」  涼矢は腹筋を使い素早く体を起こすと、和樹にキスをした。「どちらがキスを仕掛けるか」の攻防がまだ続くと思っていた和樹のほうがびっくりしている隙に、すかさずもう一度。今度は、舌を伸ばして、和樹の口を割っての、濃厚なキスだ。和樹が目をつむってそれに応え始めると、涼矢は和樹の首に回していた手を背中と肩にずらして、そのまま寝技でもかけるようにして、和樹をひっくり返し自分の下に組み伏せた。更には和樹の両手首を押さえ付け馬乗りになり、ニヤリと笑う。 「これじゃ甘やかしてやれないよ。」形勢逆転を自覚した和樹が、それでも負け惜しみのように強気な口調で言った。 「そうかな?」涼矢は和樹の両手首を押さえ付けたまま、顔を寄せ、頬や耳にキスをした。「甘えてるつもりだけど?」首筋を舐め、首元を甘噛みした。和樹のTシャツをめくりあげ、露わになった乳首をつまむ。押さえられていた手首は自由になったが、和樹は抵抗しない。 「だって、俺が。」涼矢の愛撫に反応しながら、和樹が言いかけた。俺が甘やかされているようだ。涼矢の愛撫を受けて。 「和樹が、何?」 「……何でもない。」そう言いながら、和樹は涼矢の背中に手を回して、ぎゅっと引き寄せた。が、涼矢は少しだけ抵抗するように体を浮かせ、ぴったりとは密着してこない。「もっと、くっついて。」と和樹がせがむ。 「重いから。」 「大丈夫だよ。お姫様抱っこは無理だけど、これぐらい。」涼矢はおそるおそるといった調子で、ゆっくりと和樹に肌を密着させていく。思えば何度も体を重ねてきたのに、お互いこんな風に体重をかけたことはなかった。最後の最後まで上体を支えていた肘を、和樹がつかんで「これも。」と言った。涼矢が肘をずらすと、和樹に全体重が乗る。 「重いだろ。」 「うん。さすがに。でも、いい。気持ちいい。」 「気持ちいい?」 「涼矢がここにいるってのが、すげえ、分かる。」和樹は涼矢の頭を抱えこみ、美容師がシャンプーでもするかのように撫で回した。 「つか、何してんの。」髪をぐしゃぐしゃにされながら、涼矢は言う。 「抱っこして、いいこいいこしてる。」 「いいこいいこって、そんな力任せにやるもんじゃねえだろ。」 「このサイズを抱っこしてるんだから、頭撫でるのもこのぐらいじゃないと。」涼矢ジュニアはまだ、いいこいいこもできないぐらい、ふわふわだったことを思い出す。 「もしかしてこれ、甘やかしてるつもり?」 「うん。」 「馬鹿、赤ん坊あやしてんのとは違うんだからさ。俺の甘やかし方は違うだろ。」 「たとえば?」  そう言われて、涼矢は考え込んだ。「言葉で言うのは……難しいな。」 「あ、分かった。」和樹は涼矢の耳元に向かって言う。「涼矢、愛してる。大好き。世界一好き。」  涼矢は反射的に腕を張って、密着していた体を引きはがした。「なんっ……。いきなり。」 「ほら、涼矢って理屈っぽいから。言葉で甘やかすのが一番いいのかなあって。」  図星と言わんばかりに、涼矢が顔を真っ赤にした。和樹はそんな涼矢のシャツのボタンをひとつずつ外していった。

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