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第215話 夢で逢えたら(7)
「彼にもくれぐれもよろしくお伝えください。俺はもう顔合わせないと思うんで。」
「ざっけんな。」
「かぼす、ありがとうございましたって。」
「言えるか、馬鹿。」
「ありがとうとごめんなさいが言えないのは良くないよ。」
和樹は顔を上げて涼矢を睨む。「おまえのそういうとこ、嫌い。」
「嫌いって言ったらダメって言っただろ。泣くぞ。」
「泣け。」
「ひどい。」
「おまえのほうがひどい。」
「そう?」
「そうだろ。おまえが謝れ。」
「何を?」
「だから、いきなり目隠しとか、隣にお礼言えとか、いろいろだよ。」
「やだよ、それ悪いことじゃないだろ。俺が謝るのは本当に悪いと思った時と、相手を悪者に仕立てたい時だけだ。」
「おまえ結構いい性格してんな。つべこべ言わずに謝れ。」
「気持ちのこもってない謝罪でいいわけ?」
「それでいいから謝れ。」
「サーセンシタ。」すみませんでした、だろうか。
「うっわ、涼矢っぽくねえ。」涼矢の腕の中の和樹は、つい笑ってしまう。涼矢がふいにその肩を抱いて、和樹のこめかみや顎のラインに沿って細かくキスをした。「なんだよ、くすぐってえな。」と和樹は身をよじる。それでも涼矢はそんなキスをやめない。そのうち首筋や耳たぶを甘く噛んだりもした。「もう、なんなんだって。」和樹は軽く涼矢を押して、自分の身体から引き離そうとした。
「俺のこと好きになるおまじない。」
「おまじないって。」和樹が笑う。「つか、好きになるって何。」
「さっき嫌いって言った。」
「あ、それ?」
「それ。」
「それ気にして、おまじない?」
「そう。」
和樹はハハ、と小さく笑い、涼矢にキスした。「好きになった。」
涼矢からもキスをする。「良かった。」
「嘘。」和樹は涼矢にしがみつくように腕を回した。「ずっと好き。嫌いになったことなんかない。」
「それが嘘だろ。」
「ホントだよ。部分的に、ちょっと、イラッとする時はあるけど。」
「ほら、やっぱり。俺は全部好きだよ、和樹のこと。」
「イラッとするのと嫌いは同じじゃないだろ。おまえだって俺にイライラすること、あるじゃない?」
「ない。」
「それこそ嘘だろ、だって、金の話とかさ、イライラして怒っただろ。」
「そうだっけ。」
「え、それマジで言ってんの? 自覚してないの? 忘れてんの?」
「うーん。」涼矢は真剣な表情で考え込んだ。
「ねえ、だってさ、ハンバーグ一緒に作った時も、俺が、金と食べ物で釣ってるって言ったら、おまえすげえ怒って、じゃあ新幹線代もピアス代も割り勘にしようとか、めちゃくちゃ切れてたじゃない?」
「ああ、あれ? めちゃくちゃ切れてるって言われるほど怒ってもないし、イライラもしてないけど。」
「いや、めちゃくちゃ怒ってたろ。そういう態度だったよ。ま、俺が悪かったんだけどさ。」
「俺、そんなに嫌な感じの態度だった?」
「嫌な感じというか……怒ってた。」
「そっか。」また考え込む。
「どうした。」
「あの時、自分はそこまで怒ってたのかなって。そんなつもりはなかったんだけど、つもりがないのにそう見えるとしたら、それは無意識に周りの人を不愉快にさせる可能性があるわけだから、改善すべきだと思う。でも、もしかしたら、本当は俺、すごく怒ってたのかもしれない気もしてて、それならそれで、今度は俺は自分の感情を把握していないという問題が出てくる。」和樹が何か言おうとして口を開いた瞬間に涼矢が言う。「面倒くせえな、俺?」
「とにかく怒ってたんだよ、おまえは、あの時。俺ができもしねえくせに金払うとか言って、対等対等って偉そうにほざいたから。」
「そうなのかなあ。」
「そうなんだよ。そんで、おまえが怒る時って、怒って当然の時だけだから、周りを不愉快にさせるとか、考えなくていい。怒っているように見えていいんだ。それで正解。おまえ、感情出さな過ぎだから、たまにはそのぐらいちゃんと感情表現したほうがいい。おまえにとっても、周りにとっても。」
「感情表現ね……。俺なりにしてるつもりだけど、足りないんだな? おまえがそう言うなら、気をつけるようにするよ。おまえ、俺より俺のこと、分かってる。」涼矢は微笑んだ。
「おまえは俺のこと、俺より知ってるだろ、ストーカー涼矢くん?」
「否定はしない。」
「だから、お互い様だ。」和樹は涼矢を見つめる。
「そっか。そうだな。」涼矢は素直に納得した様子だ。
お互い様だと言いながら、和樹は思う。涼矢が怒ったあの時、その理由は俺が意地張って"対等"にこだわったからだった。その涼矢が、"お互い様"って言葉には、すんなり納得するんだな。似たような意味だと思うけど。でもきっと、何が違うのかと問えば、涼矢は理路整然と解説するのだろう。今はそんな解説を聞く気にはなれないから、聞かないけれど。
ベッドの上の2人はまだ全裸のままで、抱き合っていた。カーテンを閉めているから外の様子は分からないが、もう夕方と言うよりは夜の時間帯になっているはずだった。こうして夜が深くなって、そして明けたら、お別れだ。
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