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第216話 夢で逢えたら(8)
涼矢は、明日の朝にはここを出て行く。8時の新幹線に乗るために、7時に家を出る。それはちょうど、上京した日の和樹とほぼ同じスケジュールだった。あの時は引っ越し作業の手伝いのために宏樹も同行した。明日の涼矢は哲を連れて帰る。
「明日、新幹線に乗るとこまで、一緒に行くからな。」和樹が言った。
「いいよ、早いし。」
「だって倉田さんと哲とおまえがいて、俺がいないとか……嫌過ぎる。」と言うよりも、1分でも長く一緒にいたいから。なんて言ったら笑われそうで、そこは言わない。
そんな和樹の気持ちを知ってか知らずか、涼矢は和樹の頭を抱き寄せて「連れて帰っちゃおうかな。哲の代わりに。」などと言った。
「哲の代わりなんか嫌だ。」
「言い方が悪かったな。哲の分のチケット使って。」
「倉田さんが哲のために用意してくれたのに?」和樹は笑った。
「哲をこっちに置いといたほうが、おっさんは嬉しいんじゃないの。」
「おまえが哲のこと、こだわってたくせに。」
「なんかもうどうでもいいや。」涼矢は腕の中の和樹を更に強く抱きしめる。「離れたくないなあ。」
「もう、おまえ、そういうこと言うなよ。こっちだって必死に我慢してんだから。」
「感情表現したほうがいいんだろ?」
「我慢しなきゃならない時とそうでない時があるだろ。……あ、でもおまえ、そう言えば、俺が東京来る時もさ、淋しいとか言いまくってたな。そういうのはダダ漏れにするんだな。」
「我慢するとかしないとか、意識してないけど、とりあえず和樹のことについては、何かと、コントロールしにくいのは事実だな。好きだなあと思ったら好きって言っちゃうし、淋しいと思ったらそう言っちゃう。嫌?」
「嫌ではないけど、さ。」
「好きってずっと言えなくて、言っていいってなったら、歯止めが効かなくなってる。」涼矢は自分で言って自分で笑った。「好きな時に好きって言っていいのが、嬉しくて仕方ない。」
「そういうとこだけはシンプルなんだ。」つられて、和樹も笑ってしまう。
涼矢は和樹の額にキスをすると、やんわりと和樹をはがして、ベッドから抜け出した。「ああ、帰りたくないけど、帰り支度するかぁ。すげえ嫌だけど。ずっとここにいるか、和樹を連れて帰りたいけど。」部屋着を着始めた。
「ダダ漏れ過ぎ。」和樹はベッドに座り、着替える涼矢を眺めた。ここに来て最初にその裸体を見た時よりは、幾分、肉がついたか。感触は変わったようには思わないけれど、毎日触っていたせいで気付かなかっただけかもしれない。
「何?」Tシャツから顔を出しながら、涼矢は和樹の視線の意味を問う。
「スケベな妄想をしてる。」
「拘束しての目隠しプレイよりスケベなこと?」
「うん。すげえやつ。」
「教えろよ。」
「やだね。俺が涼矢にやるんだから。サプライズ的に。」
「言っちゃったらサプライズにならんだろ。」
「忘れた頃にやる。」
「楽しみにしてる。」本気にしてない口調でそう言って、着替え終わった涼矢は黙々と勉強道具を片付け始めた。
テキパキと動き始めた涼矢と対照的に、ひとり、ぼんやりとベッドの上で全裸。そんな自分の状態に自分で呆れつつも、和樹は何もする気にはなれなかった。涼矢も何も言わない。やがて、この半月、和樹の部屋の一角を占領していた「涼矢コーナー」の私物はキャリーケースに収納された。明日着て行く予定なのであろう1組の洋服だけがぽつんと残っている。それから涼矢は冷蔵庫と冷凍庫を開けては閉めた。その次にはシンク下の収納スペースを見て、そこから保存容器をひとつ出した。この部屋に来た時に持ってきた惣菜パックのうち、中身は既に食べてしまって空になったもののひとつだ。
「これ、使う?」涼矢は容器を掲げる。「あと冷蔵庫にひとつ、冷凍庫にみっつ、俺が作ってきたおかず、入ってる。んで、空になったこれが3個。使うなら置いていくし、要らないなら持って帰る、けど。」
「使わない。」
「んじゃ、持って帰るね。」
「次来る時、また満杯にして持ってきて。」
「ああ。……本当はね、今日のうちに何か作って、詰め直そうと思ったけど、そこまでの時間ないや。」そう言いながら涼矢は空容器もキャリーケースに入れた。「いや、違うな、簡単なもんなら作れるけど……ちょっとそこまでの元気が出ない。夕飯もどうしよ。全然思いつかない。食べたいものある?」
「いいよ、作らなくて。」
「外食? いいよ。俺、払うし。」
「そうじゃなくて。」
「作ってくれるの?」
「いやいや。」和樹は万歳をしてみせた。「俺がこんな状態の理由。」
「裸族だからだろ。」
「ちげえよ、おまえ来てから裸族は封印してただろ。ボディトークしようぜってことだよ。メシなんかいいからさ。」
「さっきした。」
「え、あれでいいの? あれが最後?」
「今回はね。充分だろ。毎日毎日サカっちゃって。」
「何それ、なんで俺だけみたいな。」
「いや、俺も含めて言ってるよ。」涼矢はベッドに近づいて、腰をかがませ、和樹の顎をくいっと上げる。キスをするのか思いきや、しなかった。「服着てよ。他のこと、何もできなくなる。」
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