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第218話 夢で逢えたら(10)

 和樹の胸元に回された涼矢の腕。色白で体毛も産毛ほどしか生えていないけれど、筋肉質で筋張った、男の腕。守りたいとも守られたいとも思わないその腕を見つめながら、それでいて、背中に感じる体温がどうしてこんなに愛しいのかと思う。そうやって背後から抱きしめられているうちに、そのまま涼矢に寄りかかり、身を預けたくなる。だが、そうはしない。ただ、そっと自分の手を重ねるにとどめた。 「うん。」だいぶ経ってから、和樹が答えた。「すぐだな。」上京してからの4ヶ月。涼矢が思いを告げるまでの3年間。それに比べたら、2ヶ月会えないぐらい、なんてことない。  和樹が涼矢の腕に触れていた手を離すと、涼矢もその腕を解いた。 「あ、ねえ。」和樹が振り向きざまに明るい声で言う。「土産はいいの? 柳瀬とかへの。」 「要らねえだろ。そもそもこっち来ること、言ってないし。」 「相変わらずあいつには厳しいのな。」和樹は笑う。 「ここにいること、親と哲にしか言ってない。」 「親へのお土産はかぼす?」 「あれは俺の土産だ。親も要らないよ、あの人たち、東京は仕事で時々来てるし、土産も何も。」 「そっか。うちも、両親とも元々は東京にいたしな。」 「東京の人?」 「いや、違う。それぞれ違うとこの出身。学生の時と、就職してしばらくの間、東京にいて、東京で知り合ったって。」 「ああ、そうなんだ。」 「不思議だよなあ。」和樹はベッドに腰掛けた。「全然違うところで生まれ育った人が、東京で知り合ったり。俺とおまえは同じ市内だったけど、うちが引っ越ししなきゃ同じ高校にはならなかっただろうし。」東京にいた哲が涼矢と出会ったことも。そう思ったが、それは口にしたくなかった。  涼矢も隣に座った。「前にも、そんなこと言ってたな。いろんな人との出会いが自分を作ってるんだ、みたいなこと。」 「そんなこと言ったっけ?」 「ほら、チャリで山登って、海見て、弁当食って。」 「ああ、あの時の。うん、言ったわ。思い出した。」和樹は自分の言葉を思い出した。数ヶ月前に発したセリフだけれど、やけに青臭く感じて、照れる。 「その意味では、大学って、出会いのラッシュじゃない? 今まで会う機会のなかった人とたくさん会う。高校までと違って、住んでるとこも離れてるし、ミヤさんみたいに年も違う人がいたり。」 「そうだな、確かに。」 「和樹の言ってる通りだとしたら、そんな風にたくさん出会ったら、自分も、すごく変わっちゃうのかな。」 「そうじゃない? 現におまえ、大学じゃ普通にカミングアウトしてるし。……特別な友達もできてるし。」 「哲のこと?」 「そう。」 「嫌?」 「悪い変化じゃないと思う。」 「の、割に、変な顔してるけど。」 「そりゃね。」 「和樹は、あんまり変わった気がしない。」 「成長してないってことか?」和樹は苦笑いをした。 「いや、そんなことはないと思うけど。俺、おまえのこと、冷静に評価できないからなぁ。」 「そうか? 結構、冷たい目で馬鹿にすることあるよ?」 「そんなことするわけないだろ。和樹は俺の神様なんだから。神様を評価できないって言ってんだよ。」 「神様、ねえ。」 「あ。」涼矢は何か思いついたという風に目を見開いた。 「何。」 「エロくなったよね。」 「はい?」 「前からエロかったけど、輝きを増してエロく。」  和樹は涼矢の後頭部を軽くはたいた。「おまえ頭いいけど馬鹿だな。」 「エロくなったのは、誰との出会いのおかげなんだろね。隣の人?」  和樹はさっきよりも強くはたく。「黙れ。」 「今のは結構痛かった。」 「……悪ぃ。けど、おまえが悪い。」 「暴力からは何も生まれないよ。」 「おまえこそ俺のことギャクタイしてるだろ。」 「そんな覚えはない。」  和樹は手首を涼矢に示した。「ほら、これ、微妙に残ってる。」そこには確かに、うっすらとベルトが擦れた痕があった。 「縛ってって言ったの和樹でしょ。」そう言いながら、涼矢はその手首をつかんで口元に持って行き、赤い痕にキスをした。「しかも、きつくしろって。」唇を離した後には、労わるようにそっと手を当てた。 「だってそれは、涼矢がそうしたいかなって」必死に言い訳をしだす和樹。その口を塞ぐように、涼矢が強引なキスをした。 「なんでそういうこと言うのかなあ。俺のせいにするなって言わなかったっけ?」そのままベッドに押し付けるように、和樹の両手を押さえ込んだ。「気持ちいいのが好きなくせに。」 「お、おまえだってそうだろ!」 「そうだよ。」涼矢は和樹の両手の自由を奪ったまま、キスをした。「大好き。和樹のことも、和樹と気持ちいいことするのも。」  それまで多少は抵抗していた和樹の腕から、力が抜けた。それを察して涼矢が押さえ込んでいた手を離す。和樹は自由になった両手を涼矢の背に回した。  ディープキスの水音が小さく響いているところへ、ドアホンが鳴る。涼矢は身体を起こして、玄関に向かい、ピザを受け取った。金銭をやりとりする様子がないままピザ屋が去っていくのを目にして、和樹が支払額を尋ねた。

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