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第219話 夢で逢えたら(11)
「ああ、クレジットカードで精算したから。」と涼矢が答えた。
「え、全額おごり?」
「そうだよ。何を今更。おまえに払わせるつもりなら、サラダだのアイスだの頼まないよ。」
「あ、ありがとう。」
涼矢は満足そうにうなずいた。「そう、いつもそうやって素直におごられればいいんだ。」
2人はピザを食べ、サラダを食べ、チキンとポテトを食べる。2人とも、キスを中断された恨み言は言わない。そして、明日以降の話もしない。涼矢はさっき名前の出た柳瀬の話、正確にはその弟の近況の話をして、和樹は涼矢が来る前に見ていた海外ドラマの話をした。それから野球とサッカーの試合結果について、監督の采配がどうだった選手の体調がどうだったと言い合った。最後にアイスを食べて、満腹になった。
「エッグタルトもあるんだけど、明日の朝飯にしようか。」
「うん。今はもう、入らない。」
「最後ぐらい手料理を、と思わなくもないんだけど。」
「いいって。明日も早えし。」
明日。
食事中は無意識に避けていたその言葉を、殊更に重くしたくない。そんな思いが2人の中に湧き上がる。
和樹は空になったピザの紙箱を折りたたんだり、骨付きチキンの食べ殻の骨をシンクの三角コーナーに捨てたりと、食事の後片付けを始めた。
涼矢は水切りカゴに手を伸ばして、和樹が洗い終えたばかりのマグカップをひょいと抜き取ると、シンク脇のスペースに並べた。どうやらコーヒーを淹れるつもりらしい。その様子を視野の一角にとらえた和樹が「そういえば涼矢用のガラスのコップ、買いそびれたな。」と言った。
「そうだね。」
「いつでも買えると思ってると、忘れるよな。」
「そんなもんだよね。」そう答えながら、ドリップバッグをカップの縁にひっかけた。「でも、このカップあったから、別に困らなかった。」
「ジンジャーエール向きじゃない。」
「次の時は、もう秋だし。そういうのあまり飲まないかも。」和樹が洗い物を終え、シンクが空いたのを見計らって、涼矢はポットに水を入れて、沸かす。
「そうだな。」
次の時、という言葉にも無関心を装った和樹だったが、涼矢は一度解禁されたその話題を止められなくなっていた。
「10月に会って、冬休みになって和樹が帰省したら向こうで会って、そんですぐまた2月、大学は休みだろ。和樹の誕生日には一緒にいられるかな。」
「そのあたり、バイト詰まってると思う。受験シーズンは塾忙しいって。」
「おまえがバイトしてる間は、ここで良い子で留守番してるよ。」
和樹は小さく笑う。「あんまりさ、先々の計画立てんなよ。ダメになった時のショックでかい。」
「ダメになるかもしれない?」
「エミリの件もあっただろ。いつ何があるか分かんないってこと。」
「ん。」子犬がしょんぼりするような気配を涼矢から感じて、和樹はまた笑う。
ポットからカチリという音が聞こえた。沸騰して、保温モードに切り替わっている。涼矢はコーヒーを淹れた。
「コーヒーじゃないほうが良かったかな。」そう言いながら、涼矢は和樹にカップを渡した。
「なんで?」
「寝付けないと困る。」
「そんなの。」和樹はコーヒーを一口二口飲む。「飲んだって飲まなくたって、寝られないよ。」
「いっそ寝なきゃいいか。」
和樹は笑う。「そうだよ。そのぐらいのつもりでいれば、クタクタになって寝られる。」
「クタクタって。何でクタクタになんの。」
「なんだろうね。」
お互いにニヤニヤしながら、視線を交わす。涼矢がまだ半分以上コーヒーの残っているカップをテーブルに置くと、和樹も同じようにした。どちらからともなく口づけると、同じコーヒーの味がした。
何が起こるか分からないなら、今、この瞬間にそんな予想外の出来事が起きればいい。涼矢が帰るに帰れなくなるような何かが。限りなく実現の可能性の低い、わがままな願望を抱きながら、和樹は涼矢をベッドに誘った。
涼矢は首を横に振る。「本当に明日起きられなくなるし、寝落ちするのも困る。」
「冷静だな。」和樹は不服そうに口をとがらせた。てっきり涼矢もその気かと思ったのに。さっきまでのニヤニヤした顔を思い出す。先にカップを置いたのも涼矢だったはずなのに。断られた恥ずかしさ込みで涼矢を非難したい気持ちが芽生えていた。
「冷静なわけ……」涼矢は最後まで言わずに立ち上がって、洗面所に行き、歯磨きを始めた。それが終われば戻ってくるかと思えば、シャワーにまで入った。それも終えると、頭を拭き拭き全裸で出てきて、明日の着替えとして積んであった服の中からパンツを取って穿いた。
「シャワーもしたんだ。」このタイミングでのシャワーは「そういうこと」はもうしない、という宣言のように感じて、和樹の声はまた非難めく。
「うん。朝シャンにするか迷ったけど。やっぱ今日のうちにと思って。」
「歯磨きもして。」
「うん。」涼矢は苦笑いした。「何、俺、怒られてる?」部屋着兼パジャマはさっきまで着ていたものをまた着た。明日の服以外はもうしまってしまったからだろう。
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