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第221話 夢で逢えたら(13)

 涼矢は和樹の両腕をつかみ、起き上がるように促した。正常位から対面の座位へと体位を変える。ならばキスがしたいのか……。和樹は自然な成り行きとして、涼矢に口づけた。それから、何も言われなくとも、自分から腰を上下させ、お互いの感度を上げていく。時折涼矢も下から強く突き上げて、その度に、和樹は悲鳴にも似た短い喘ぎ声を上げた。  2人ともTシャツは着たままだ。傍から見れば滑稽に見えるかもしれないが、見る人などいるはずもない。和樹は涼矢のTシャツの襟ぐりをつかんで、必死に動き、喘いだ。2人でつながって、快感に溺れているこの瞬間だけが大事だった。  涼矢は薄暗がりの中、落ち着きなく動く和樹の口を探してはキスを試みる。頬に当たる時もあれば顎に当たって少し痛い思いをしたりもする。和樹がうつむいた瞬間をとらえてうまく出来る時もある。わずかに外れて、どちらのものとも言えない唾液が垂れることもある。 「涼、イク、イキそ……。」和樹が甘い声を出した。「大好き、涼っ……!!」  和樹が先に果てた。涼矢はつながったまま、再び和樹をベットに寝かせて、更に奥をついた。「ごめん、もうちょっとだけ。」 「ん。いいよ、奥、来て……。」  そんな言葉を交わして程なくして、涼矢も絶頂を迎えた。 「おまえにゴムつけんの、忘れてた。」涼矢は自分の後始末をしている時に、Tシャツに和樹の放ったものが飛び散っているのに気付いた。この段になって、Tシャツを脱いで、和樹のペニスとその周辺をそれで拭いた。和樹自身のTシャツのほうは逆に汚れてないようだ。といっても、暗がりの中の触覚だけが頼りだが。 「おい、ちょっと、それTシャツだろ。」和樹が慌てる。 「どっちみち汚れたし。」 「どうすんの、今から洗濯する気か。」 「まさか。このまま持って帰るよ。密閉して。」 「今はどうやって寝るの。」 「え、この状態で寝るけど?」 「上半身ハダカで?」 「そう。ダメ?」 「いいけど。」 「いいけど、何?」 「ドキドキしちゃうじゃないですか。」  涼矢はハハッと軽く笑ってから、Tシャツをそこらの床に放って、和樹の横に寝そべった。 「こんだけベッタリ一緒にいたのに、ドキドキしてくれるんだ、まだ?」 「するよ。」和樹がまた涼矢に抱きつく。 「でも、今度こそ寝なきゃ。」 「おまえはしないんだ? 俺が抱きついても、ドキドキ。」 「するよ。」涼矢は和樹の頬にそっとキスした。「でも、ドキドキしてるのが当たり前になっちゃったから。」 「良く言うよ。」和樹が涼矢に絡めていた腕を外して、2人は並んで仰向けになる。それから手をつないで、二度目の「おやすみ」を言い合い、わずかばかりの睡眠をとった。  何も変わらない朝だった。  天気は曇り。だがじきに晴れると気象予報士がテレビで言っていた。暑過ぎも寒過ぎもしない、長距離の移動にはうってつけの天気だ。  朝食には昨日のエッグタルトを温め直して食べた。冷やして食べるものだと思っていた和樹が少し驚いた。  用意しておいた服に着替え、深夜に放り投げた例のTシャツはビニール袋に入れて、充電器も忘れずにしまった。 「歯ブラシ、掃除に使う?」最後の歯磨きを終えて、涼矢が聞いた。 「使わねえ。」 「つか、使えよ。ここの排水口の掃除とかに便利だぞ。」 「使わねえ。」和樹が繰り返すのを聞いて、涼矢は歯ブラシをゴミ箱に捨てかける。だが、ふと気が変わって、元の歯ブラシスタンドに戻した。  今夜か、明日か。これを見て、和樹が淋しがればいい、と思う。  それが涼矢の最後のタスクで、後は靴を履くだけだ。時計を見ると7時を数分過ぎていた。 「そろそろ。」涼矢が言う。 「ああ。」和樹は靴下を履いていた。「よし、行くか。」  玄関のすぐ手前で、最後のキスをする。その先に進まないだけの理性が保てる、ギリギリのキス。  涼矢が先に靴を履き、キャリーケースを手に、一足先に外に出た。詰め込んできた惣菜類がなくなる分、帰りは軽くなるかと思っていたのに、大量のかぼすを入れたから、行きより重いぐらいだ。和樹が出てくるまでの間、かぼすをくれた隣人の部屋の扉を眺めて待った。  間もなくして和樹が出てきて、鍵をかけた。2人で前後しながらアパートの階段を降りる。階段下の集合ポストの何軒かには新聞が挟まっていた。隣人もその一人のようだ。 「ちゃんと新聞読むんだ、あの人。」和樹はこんな時間に家を出ることはあまりないし、あったとしても大抵は慌てているから、それを知らずにいた。 「読んだって不思議じゃないだろ、別に。」 「まあな。」和樹は涼矢が引いているキャリーケースに手を伸ばした。「持つ?」 「平気。」 「おまえ、ショルダーバッグもあるし。それのほうが重いだろ。」 「いいって。」  涼矢は来た時と同様にショルダーバッグを斜め掛けしている。財布とスマホ程度だろうと思っていたら、テキストの一部やノートパソコンまで入っていた。それにメガネも。 「メガネ、ちゃんと持ってきた?」 「あ。」涼矢は立ち止まり、バッグの中身を確認する。ケースはあった。念のため中身も見た。「ああ、よかった、あった。」ケースを閉じたところで、和樹の視線を感じた。「かける?」 「うん。」  涼矢は苦笑しながらメガネをかけた。 「でも、東京駅着いたら、外せよ。」 「なんで。」 「哲に見せたくない。」 「なんで。」 「おまえが更にカッコいいのがバレる。」  涼矢が吹き出した。

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