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第228話 I'm proud of you (1)

 自宅に戻ると、涼矢は玄関でひとまずショルダーバッグを置いた。それから三和土でキャリーケースを開けて中身を出していると、奥から佐江子が出てきた。 「おかえり。」 「あ、いたんだ。」考えてみたら今日は日曜日だ。すっぴんの顔はいつもと大差ないが、髪は乱れ、よれたTシャツにステテコの如き薄手のコットンパンツという格好を見ると、どうやら久々の休日らしい休日を満喫しているところだったらしい。涼矢は「ただいま。」と改めて言った。 「何それ?」佐江子は大量のかぼすが透けて見えるレジ袋を指差した。 「かぼす。」 「かぼすって、あのかぼす?」 「たぶん、そのかぼす。」 「それ全部?」 「そう。」 「都倉くんが?」 「いや、隣の部屋の人が。大分の実家からたくさん送られてきたからって、おすそわけで。」 「そんなご近所付き合いしてるの? 人情溢れる下町?」 「人情はともかく下町じゃないと思うけど。杉並区だから。」 「下町とは違うわね。」佐江子はその場にしゃがみこみ、かぼすの袋を漁った。ひとつ取り出すと、ためつすがめつ見る。親子で似たようなことをする。「これ、どうするの。」 「これだけあるから、ジュースにするのが手っ取り早いかな。ケーキに入れてもいいし。ジンジャーエールに入れたら美味しかった。あ、ジンジャーエール、作ったら飲む?」 「飲む。……あなたの料理スキルがどんどん上がるね。」 「おかげさまで。」 「キッチンに持って行くよ。」佐江子はそう言うと同時に立ち上がり、かぼすの袋に手をかけた。 「いいよ、結構重いから。」 「いつも持ち歩いてるカバンのほうがよっぽど重い。」佐江子は陽気に笑って、かぼすを手にその場を離れた。  涼矢は荷物の仕分けを終えると、キャリーケースのキャスターをウェットティッシュで拭いた。和樹は気にせずそのまま室内まで転がしていたが、汚れはもちろん、賃貸なのにフローリングの床に傷でもつけたらいけないんじゃないかと、内心ハラハラした。その時は緊張するのが先で、言うタイミングもなかったけれど。  それから汚れ物を出して洗濯機へ放り込む。といってもあらかた洗っておいたので、大した量ではない。だが、例のTシャツがある。あればかりは急いで洗濯してしまいたかった。  洗濯機を回している間に、持ち帰った空いた保存容器をキッチンの収納棚にしまう。 「涼矢、主婦みたいねえ。」とダイニングのテーブルで缶ビールを飲みながら佐江子が言った。 「我が家に主婦なんかいないだろ。昼間っから、ビールかよ。」 「いいじゃないの。やっと勝ち取った休みよ。昼ビールぐらい。」 「別にいいけどさ。」 「ジンジャーエールって言ってたよね。ウォッカ買ってくればモスコミュール作れるな。」ビールを飲みながら別の酒の話をしだす。 「アル中になるなよ。」 「なるわけないでしょ。」そう言う佐江子の前に、涼矢は冷凍枝豆を解凍したものを出した。「あら、何よ、これ。」 「酒飲む時は何か腹に入れながらのほうがいいんだろ?」 「気が利くねぇ。ありがと。良い息子を持って私は幸せ者だわぁ。」 「ホントにそう思ってるのかよ。」 「思ってるわよ、もう、この2週間、大変だったんだから。」 「ホテルに泊まったんじゃないの。」 「だってホテルに泊まったってどうせ寝るだけだもの、家でもおんなじだって思って。ただ、ごはんよ、困ったのは。毎日外食って飽きるわよねえ。涼矢のごはんが恋しかったわ。」 「まったく、どいつもこいつも。」涼矢はそう言いながら、コーヒーを淹れた。 「どいつもこいつもって、都倉くんのこと?」 「そう。」 「ごはん作ってあげたんだ?」 「まあね。」 「彼は普段、自分で作らないの?」 「カレーぐらいは作ったことあるって言ってたけど、コンビニ弁当とかで済ませることが多いみたい。」 「それじゃ喜んだでしょ、あなたの料理。美味しいから。」 「作ってもらえりゃなんだって良いんじゃないの。」涼矢は少し照れたようにコーヒーを飲んだ。 「ね、ね、将来2人で暮らすなら、私は同じマンションのフロア違いとか、良いんじゃない?」 「誰が、何だって?」 「だから、あなたと都倉くんが同棲するとして。」  涼矢はコーヒーを吹き出しそうになる。「な、なんの、話してんだよ!」 「いいじゃないの、聞きなさいよ。とにかくあなたたちが同棲するならね、きっと共働きでしょ、だったら都会のマンションがいいと思うのね。そしたら私、そのマンションの違うフロアにワンルーム借りるから、そうねえ、毎日というのは悪いから、3日にいっぺんぐらいはごはん食べさせてもらいたいなあ。スープの冷めない距離ってやつよ。」 「この家はどうするの。」涼矢は佐江子の勢いに巻き込まれる形で、つい、乗っかってしまう。 「これはこれでこのままよ。お父さんが住まないなら人に貸してもいいけど、彼の本とか、ほら、あの、妙なコレクションが場所取るしなあ。でも私は、年取ったら、こじんまりとしたマンションが良いと思ってるのよね、階段の上り下りとか大変になるし。だから、ちょうどいいなあと思って、涼矢と同じマンションって。」 「母さんたちの老後の計画に俺を入れないでよ。あと、妙なコレクションって、俺のプラモのこと?」

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