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第229話 I'm proud of you (2)
「あれってお父さんのじゃないの?」
「ジオラマは父さんだけど、プラモは俺のだよ。」
「あ、そうだったの。あなたもああいうの好きだったんだ。てっきりお父さんかと。」
父親の書斎にはプラモデルとジオラマが所狭しと飾られている。涼矢がプラモデルに凝っていたのは中学生の頃のことだ。佐江子は今以上に激務で、家庭を顧みる時間がなかったから、その頃の涼矢が何が好きで、どういう友達がいて、日々をどう過ごしていたのか、あまり知らないのだった。
「母さんは……。」涼矢はおもむろに話題を変えた。
「何?」
「抵抗、ないわけ? その、俺が、その。」
「男の子とつきあってること?」
涼矢は返事する代わりに、不安そうに髪をかきあげて、小さくうなずいた。
「抵抗ゼロと言ったら嘘になるわね。でも、受け容れる人間でありたいとは思ってるし、そうふるまってるつもり。不愉快な言動があったら言って?」
「……ないよ。ないけど。ただ……ごめん。」涼矢は佐江子に頭を下げる。「……なさい。」と付け加えた。
「何よ、急に。」佐江子はその時までダイニングテーブルに肘をつき、足を組んで椅子に座っていた。あまり行儀のいい姿勢とは言えない。しかも缶ビール片手だ。涼矢の言葉を聞いて、慌てて居住まいを正した。「今、その話をしていいの? 私、飲んじゃってるけど。まあ、判断力が鈍るほどには酔っぱらっていないけどね。」
「ごめんなさい。」と涼矢は繰り返した。
「だから、なんなの、その謝罪は。あなたは何か悪いことをしたの?」
「一人息子が、こんなんで。それはやっぱり、親としては、がっかりするっていうか……。」
「がっかりなんてしないよ。私はあなたにがっかりしたことなんて、一度もない。」佐江子は涼矢をまっすぐに見据えた。「あんまり見くびらないでほしいもんだわね。あなたは、私がゲイの息子を恥じる母親だとでも思ってるの?」
「思ってないよ。けど。」
「じゃあ、いいじゃないの。」
「……うん。」
佐江子は立ち上がり、自分もコーヒーを淹れた。それを持って再びテーブルに着くと、涼矢を窺い見る。「何かあったの? 誰かに何か言われた?」
涼矢は首を横に振った。「どこから話していいのか……。」
それから涼矢は、ぽつりぽつりと喫茶店のマスターのことを話し始めた。続いて夏鈴のこと、生まれてきた赤ん坊のこと。そして、その子に自分の名をつけたいと言われたこと。
途中から佐江子は涙目で聞いていた。不妊治療の末に授かった涼矢。高齢出産で、早産になって、未熟児として生まれてきた。マスター夫妻の事情と自分たちの事情を重ねて、思うところがあったのだろう。
「そう。そんなことがあったんだ。」
「俺の名前をつけていいかって聞かれた時、すごく嬉しかった。けど、俺みたいになってほしくないなとも思った。それで……本当のことを言った。つまり、俺がゲイだってこと。」
佐江子はうんうんとうなずいた。
「マスターは、それは関係ないって言ってくれて。それでも涼矢って名前がいいって。それで、本当にその子の名前、涼矢になった。漢字も聞かれて、教えたんだけど、漢字までそっくり同じにしてくれた。」
「なんだかおかしい。」佐江子は泣き笑いの表情を浮かべた。「あなたがもう1人いるみたいね。」
「うん。俺、その、もう1人の涼矢にも会った。」
「まあ。生まれたばかりなんでしょ?」
「和樹が、病院まで会いに行ってもいいかって聞いてくれて。あいつそういうの、交渉がうまいっていうか。迷惑だろうし、図々しいかなって思ったけど、行って良かった。」
「そう。」
「抱っこさせてもらったら、すっごく小さくて。頼りなくて。でも、重かった。いや、軽い、すごく軽いんだけど、抱っこしてても、支えるのが精一杯で。」
「分かるよ、あなただってそうだった。」
「うん。きっとそうなんだなって。でも、だから、申し訳なくなった。」涼矢は佐江子から微妙に視線を外して言った。「そうやって生まれてきて、育ててもらって。今度は俺がこども作って、育てて。それでやっと、恩返しができるはずなのに、できないと思うと。」
「あなた、こども欲しいの?」
「いや、欲しいわけじゃないけど。でも普通だったら。」
佐江子はムッとして言う。「あなた、いつの時代の話してるのよ。それじゃこどものいない夫婦は普通じゃないとでも? 結婚してない人はおかしい?」
「そ、そういう意味じゃなくて。」
「私もお父さんも自分たちのこどもが欲しかったのよ。だから、いろんな手を尽くした。でも、そうじゃない人もいる。手を尽くしてもできない人もいる。どれも普通のことで、ぜんぶ正しいんだよ? あなたたちがもしこどもが欲しいと思うなら、手段はあるでしょ? 血のつながりにこだわらなければ施設の子を引き取るという手段だってある。」
涼矢はうつむきがちだった顔を思わず上げて、佐江子をはっきり真正面から見た。その反応に佐江子のほうがびっくりした。
「何よ。私、変なこと言ってる?」
「和樹が。」言いかけて、親に言うべきことかどうか逡巡した。が、言いかけた言葉を飲み込んだところで、それを許すような佐江子ではない。続きを話すことにした。「和樹も、同じこと言ってた。」
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