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第231話 I'm proud of you (4)

 一度だけ、人前で見せた。和樹の前だ。親が不在の夜、初めて和樹を泊まらせた。翌日、予定外に早く帰宅した佐江子に、2人の関係はあっけなくバレた。恋愛関係であると共に、既に肉体関係があることまで。それでも佐江子は最初から2人を責めることはなかったし、息子が同性と深い仲であることにショックで泣き崩れるようなこともなかった。母親にバレることで動揺したのは涼矢のほうだった。佐江子がはなから理解者であることに対して、逆に感情をあらわにして反抗的な態度を取った。今思えば、極度の羞恥の裏返しだったのだろう。そして、そのことすら、和樹は「良いことだ」と言った。感情をむき出しにできる相手がいることは、良いことなのだと。だが、今の涼矢には、そのことを思い出す余裕はない。 「どうして隠す必要があるわけ?」佐江子も負けていない。 「隠すとは言ってねえよ、言う時が来たら自分で話そうと思ってたんだよ。勝手にペラペラ喋るんじゃねえっつうの。」 「人聞きの悪い。さっきも言ったよね。親が息子の話題をして何が悪いの? だいたい、それが原因でお父さんがあなたに何かしたって言うの? 今更あなたがそんなこと言ってるってことは、お父さん、文句も何も言ってないんだよね? 私だってお父さんだって認めてるじゃない。それどころか都倉くんのことは良い子だねって言ってるし、2週間も転がり込むことだって許してるじゃない。何が不満なの。」 「勝手なことすんなってっつってんだよ。」涼矢はそう言い捨てて、部屋を出ようとする。その背中に、佐江子も言葉を浴びせた。 「勝手なこと言ってるのはあなたでしょうに。頭冷やして考えなさい!」  涼矢は階段を駆け上って、自分の部屋に入り、荒々しくドアを閉めた。ベッドにドサッと音を立てて横たわる。その瞬間に、和樹に「着いたら連絡を」と言われていたことを思い出し、それに関連して、スマホの入ったショルダーバッグを玄関に置いたままだったことも思い出す。チッと小さく舌打ちをして、もう一度階下に降りて、バッグを取って2階に戻る。階段は玄関を入ってすぐのところにあって、リビングは通らずに2階まで行けるのがせめてもの救いだ。  スマホにはいくつかのメッセージが届いていた。ほとんどは今すぐの処理は不要のものだったが、案の定、和樹からの安否確認のメッセージもあった。涼矢は慌てて帰宅していることを伝え、洗濯等をしていたせいで連絡が遅くなったと言って詫びた。 [電話していい?] そんな和樹からのメッセージは、もちろん了承した。すぐに和樹から電話がかかってきた。 ――よう。 「うん。」 ――久しぶり。  和樹はふざけてそんなことを言った。 「ご無沙汰。」 ――心配したよ、なかなか連絡ないから。 「ごめん。荷物片付けたり洗濯したりしてたら、うっかりしてさ。」 ――どう、そっちは。 「どうって。変わんないよ、2週間離れてただけだろ。天気はいいよ。……って、そっちも良かったよな。」 ――今、1人? 「おふくろがいる。あ、今は俺、自分の部屋で、1人だよ。」  母親の話はあまりしたくない気分だったが、嘘をつくことでもない。 ――お土産、やっぱ買っていけばよかったのに。 「いいよ。かぼすあるし。隣にもらったって言ったら、下町か?だって。」 ――名前も知らないけどな。 「まったくだ。」  和樹が黙りこんだ。黙りこむような気まずい話題ではないはずだった。 「どうした?」 ――涼矢こそ。 「えっ?」 ――なんか、変だよ。 「俺が? どこが? 声、変?」 ――妙に明るい。  今度は涼矢が黙りこむ番だった。 ――何かあったのか? 「別に、大したことじゃない。」 ――大したことじゃない何かが、あったんだ? 「言わないよ。」 ――なんで。 「まだ俺の方も落ち着いてないから。」 ――そうか。哲のこと? 「いや、違う。でも、悪いことじゃないから、心配すんな。そのうち話す。」 ――ふうん。 「本当に話すから。近いうちに。」 ――ま、いいや。じゃあ、哲のほうは? 「ああ、もう会わないって言われたってな。」 ――結構落ち込んでたろ? 「まあね。でも、今は気持ち、切り替えてると思う。」 ――倉田さんは、最初から最後まで良く分かんなかったな。別れようって言ったのは倉田さんのほうだって言ってたけど、未練はあるみたいだったし。 「なるようにしかならないよ。」 ――また、そんな風に。 「とりあえず俺んちに間借りの件はナシだから、安心しろ。」 ――それも心配してたけど、哲のメンタルのことを心配してんだよ、俺は。また、ほら、手、切ったり、とか? 「ないだろ、それは。」 ――なんで言い切れるんだよ。 「俺がいるから。」 ――はあ? 「あいつ今まではそういうのを言える相手がいなかったんだろ。今は、まともなお友達であるところの俺がいるんだから、平気だよ。」 ――すげえ自信だな。珍しい。 「分かるんだよ、あいつと俺、似てるから。」 ――似てねえって。 「ははっ。」 ――……やっぱ、おかしい、今の涼矢。 「そうか?」 ――笑いの沸点が低い。おまえ、普段はこのぐらいじゃ笑わないだろ。意外とお笑いに対してハードル高いからさ。 「そうかな。まあ、そりゃあ、笑いに関しては本格的な寄席におふくろが。」佐江子のことを口にしかけて、涼矢はまた黙りこんだ。 ――どうしたの。 「なんでもない。ごめん、今、超眠いんだよ。それでテンションおかしいのかも。これから昼寝するからさ、おまえも寝ろよ。」 ――分かったよ、そこまで言いたくないなら、聞かないけど。 「言いたくないんじゃなくて、まだそこまで頭の整理がついてないだけ。」 ――はいはい。あんまり考え過ぎんなよ。俺もマジで眠くなってきた。言う通り、寝るわ。 「うん。また、夜にでも連絡するから。」 ――お、言ったな。おまえからしろよ、絶対。 「ああ。」  涼矢は電話を切る。ひとつ深いため息をついた。

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