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第989話  nick of time (8)

「さっきの、エミリと俺らの関係だけどさ」笑いが収まったところで和樹が切り出した。「よく考えたら、友達ってより、女のきょうだいがいたらこんな感じかなって感覚なのかも。頼りになる姉ちゃんのときもあるし、妹みたいに応援したいとも思ってるし」 「妹みたい、か」  カノンはそこだけ繰り返すと、頬杖をついた。 「そ。たまにうざくて邪魔で、でも放っておけないってとこまで含めてな」  和樹はニカッと笑ってみせる。 「恋愛感情はないわけね?」 「ないねえ」 「涼矢も? エミリって妹みたい?」  カノンの質問の矛先が涼矢へと変わる。 「うーん……。柳瀬の弟とは幼なじみで、弟ってこんな感じなのかなと思ったことはあるけど、エミリがそれと似たような存在かと言われると、違うな」 「おい、柳瀬の弟ってポン太だろ? あいつと同列にはなんねえだろ、そりゃ」  和樹は笑い、カノンに軽くポン太の説明をして、更に思い出し笑いをした。笑いながら話す和樹の説明は要領を得ず、カノンは「ポン太」なるキャラクターをいまひとつ想像できなかったが、一風変わった人物らしいことは把握した。 「そっか、涼矢は柳瀬とは和樹より昔から仲良いんだもんね。でも、柳瀬や、そのポン太?って子のことは、ただの友達にしかならないわけよね」 「ならないね。それこそ、友達ってより身内感覚」  カノンは和樹と涼矢の顔を交互に見た。 「涼矢が和樹とうまくやってるのは見て分かるし、柳瀬と友達以上にならないのも分かる。でも、もし、和樹と出会わなかったとしたら……。和樹が存在していなくて、エミリがすっごく涼矢のこと好きでも、やっぱりただの友達にしかなれない?」 「は?」  涼矢は眉をひそめる。 「……あ、いいや。今の顔で分かった。……やっぱりダメなもんはダメだよね」 「言ってる意味が分からない」 「ごめん、私の話。……実は今、いいなあと思ってる人がいるんだけど、脈無しなんだよね」 「おや、カノンさんでも陥落しない男がこの世に?」  和樹が横から口を挟んだ。 「本当だよ。この私になびかないなんてねえ」カノンは笑い、涼矢を見る。「んー、ていうか、そもそもエミリも私も男を見る目がないのかもね」 「もしかして俺、失礼なこと言われてる?」  涼矢が苦笑する。 「いやいや、ダメ男を好きになるっていう意味じゃなくて。どうあがいても絶対無理な相手を選んじゃうってことよ」 「それって……?」  涼矢の眉間に皺が寄った。 「その人、私の片想いの相手ね、たぶん、男の人が好きな人なんだ」 「……なるほど」  そう答えたのは和樹だ。涼矢は黙っている。 「あんたたちも頑張ってるよね。離れてるのに、仲良くて」 「なんだよ、急に」 「私も頑張ってるんだけどね。ダメなもんはダメよね」  溜め息をつくカノンに和樹が言う。 「その相手のこと俺らは知らんし、その人が本当にそうなのかは本人に聞くしかないだろ」 「聞いてそうだって言われたら、きついよ。同じ大学の人で嫌でも顔合わせるし、気まずくなるの嫌だし」カノンは背後のエミリを気にする素振りをしながら続けた。「みんながエミリみたいにできるわけじゃないよ。少なくとも、私は無理」 「大学の……同級生?」 「教授。教授といってもまだ若いんだけど。先生の専門が私の研究テーマとぴったりでね、私、恋愛抜きでもその先生のゼミが第一志望だから、下手打って変な関係になりたくないの。当たって砕けるわけに行かないの」 「先生かあ」和樹の脳裏に一瞬だけ明生の顔がよぎる。「卒業してからにすれば……って言っても、まだ二年あるもんな」 「そう。二年。二年じっと耐えて、二年後に告白して、ごめんなさい妹みたいにしか思えませんって言われたらどうすんのよ。てか、絶対そうなるに決まってんのに、なんで私」カノンはそこまで一気に愚痴ると黙り込み、ハア、と再び溜め息をついた。「恋愛とかさあ、よく分かんなくなっちゃったよ。お休みしようかな」 「恋愛を?」 「そう」 「そんなの、休みますって言ってやめられるもんでもないだろ。人を好きになるのを」  その言葉が和樹ではなく涼矢から出てきたことに、カノンは戸惑った。人を好きになる気持ちを止めることなんかできない。そんなの分かってる。カノンは心の中でそう叫ぶ。エミリは涼矢を好きになることを、涼矢は和樹を好きになることを、止められなかった。和樹は涼矢の本気の思いを知ったから、受け止めた。涼矢もまたエミリが本気だってこと分かってくれたから、だから、エミリは涼矢をちゃんと諦めることができたし、次の恋に踏み出すこともできた。神様はいつだって本気で恋している人を応援してるんだろう。……でも。 「そうだよ、止めらんないよ。でもそう思い込むしかないじゃない」エミリは涼矢を睨みつけた。「涼矢だってそうだったでしょ。和樹が好きだってこと、ずっと隠してたんでしょ。先生だってそうなの。オープンにしてない人なの。そうと知ってて、私が告白するわけにはいかないでしょ。二年待てばうまくいく確率が上がるならともかく、二年後だって先生はゲイだよ。涼矢、エミリに告られて嬉しかった? 困ったんじゃない? 私はね、私が先生のこと好きなせいで、先生を困らせたくないの」

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