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第233話 I'm proud of you (6)
「さっきの話?」
「そう。」
「謝るまで教えない。」
「すみませんでした。」
佐江子は振り返る。「何よ、張り合いのない。もうちょっと意地張ればいいのに。」
「俺、謝ったけど。」
佐江子は洗いものを終え、再びテーブルに着いた。「やっぱり食洗機つけようよ。」
「なんの話だよ。」
「食器洗い機。」
「それは聞こえたよ、じゃなくて。」
「別に何も言ってないよ。」
「男と付き合ってるって言っても?」
「へえ、って。」
「それだけ?」
「うーん。いっぱいしゃべってはいたけど。どんな奴だ?って言うから、同級生で水泳部の男の子で、礼儀正しいし、素直で明るそうな子だよって教えて。見た目は?って聞くから、背は涼矢と同じかちょっと低いぐらい、顔はすごくハンサムで、特に目が良い、ちゃんと私の目をまっすぐ見て話す子だって説明して。涼矢よりも格好いいのか?って聞くから、そりゃそうだって言った。」
「どういう説明を……。」
「間違っている部分があったら訂正して。」
「ないけどさ。」
「で、私から見て、2人はどうなんだって聞くから、良いと思うよって。そしたら、へえって。」
「ふうん。」涼矢は無意識に前のめりになっていた姿勢を崩して、椅子の背にもたれた。
「3人でごはん食べた時はどうだったのよ。」今度は佐江子が涼矢に質問した。
「普通に……俺の友達として、接してたと思う。」
「そう。」佐江子はまた眼球をくるくる回して、何かを思い出そうしている。ふと止まると、話しだした。「まあ、お父さん、そういうとこ、あるからね。」
「そういうところって?」
「あなたがお父さんに友達だと紹介したから、友達として接したんでしょ、ってこと。恋人だって言ってたら、恋人として扱ってたよ。私がどう説明しようが、ね。」
「……。」父親は自分の意志を尊重してくれていた、ということだろうか。
「だからね、涼。」佐江子は涼矢を優しく見た。「怖がらなくていいよ。お父さんだって、あなたの味方なんだよ。」
「味方なのは知ってる。でも、やり過ぎな時、あるだろ。」
佐江子はプハッと吹き出す。「まあね、あなたに関しちゃ過保護よね。でも、分かったでしょ、なんでもかんでも過保護なわけじゃない。あなたが思っている以上に、もっと味方なんだよ。」
「最初からそう思ってたから、話したわけ?」
「うん。」
「俺と和樹のこと、父さんが嫌がったり変な風に心配したりする可能性については、まったく考えなかった?」
「考えなかった。」
「なんで。」
「お父さん、そういう人じゃないもの。」
「分かるんだ。」
「分かるよ。」
「夫婦って、そういうもん?」
「よその夫婦は知らないけど、うちはそう。」
「あんたたち変わってるもんな。」
「あんたって言うな。」
「それって、年数?」
「何がよ。」
「一緒にいる時間が長ければ、分かるようになる?」
「それを言ったら、結婚生活の半分以上は別々に暮らしてるよ。」
「そうだよな。」
「結局のところ、努力だと思うよ。」
「理解しようとする努力。」
「そう。それと理解してもらいたいことを伝えようとする努力。」
「うん。」
「涼にはそれが足りない。」
「……うん。」
「弁護するにしても、愚痴でも自分勝手な言い草でも、何かしら言葉にしてくれる人は良いんだけど、黙ってる人はね、いくら味方になってあげたくても難しいよ。」
「ああ。」
「ま、私も悪かった。」
「何だよ、急に。」
「言葉にしてくれないと味方しづらいのはそうなんだけど、何も言わない奴が悪い、言わないんだから何されても仕方ない、なんてね、そんな横暴なこと言っちゃだめだよね。涼矢の気持ちを考えないで、お父さんに勝手に言って悪かったと思う。ごめんね。」
涼矢はぐっと言葉を詰まらせた。なんと返せばいいのか分からない。佐江子がこんな風に謝るのはめったにないのだ。
何も言えないままでいる涼矢に、佐江子がとつぜん言い出した。「都倉くんが、あなたの初めての彼氏なわけ?」
「はい?」
「いや、違うか。女の子も含めて、おつきあいした人って、いたの?」わざわざ"女の子"を付け加えて言い直したのは、涼矢の恋愛の対象が最初から男性オンリーなのか、和樹に関してのみのことなのか、あるいはバイセクシャルなのか、はたまたそれ以外のジャンル分けしにくい志向なのか、そのすべての可能性を加味した故の心遣いなのだろう。
「い、いない、けど。」
「初めてよね? そうだよね? あなた今までそういう系の話、全然なかったでしょ。それが突然彼氏連れ込んでちゃ、私だってどうしていいか分からないよ。お父さんに相談したくなったって仕方ないでしょ。」
「どうしたらいいか……分からなかった?」
「当たり前でしょうが。あれで驚かないほうがどうかしてる。」佐江子に知られた日。佐江子は仕事の資料を取りに予定外に帰宅して、パンツ1丁でキスマークだらけの和樹と出くわした。即座に涼矢の部屋に押し入り、ゴミ箱に使用済みコンドームがあることまで目ざとく見つけて、瞬時に2人の関係を把握したのだ。
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