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第236話 I'm proud of you (9)

 それと同時に、佐江子が口を開いた。 「きっといろいろ、あなたを傷つけていたと思う。私は、あなたが同性愛者だってこと、全然気が付いてなかった。渉くんのことがあって、あんな風に疑いまでしたのにね。私のそういう鈍感さや思い込みや視野の狭さや……そういったもののせいね。あなたが抱えてきたものは、今、話してくれたことがすべてではないんだろうと思う。同性愛者であること以外にも、本当なら母親の私に助けてもらいたかったこと、たくさんあったと思う。それなのに、あなたを1人にさせてしまった。家の中でも、気持ちの上でも。それはね、親として、正しくないやり方だったんだと思う。」 「……そんなことはない、けど。」 「でもね、たぶん、時を巻き戻せても、私は同じことしかやれないと思うの。仕事を辞めて、もっと長い時間をあなたと一緒に過ごして、美味しいお料理を作って、話をたくさん聞いてあげて、あなたのちょっとした変化にもすぐに気が付いてあげられる、そういうお母さんには、なれない。あなたがさっき、どんな母親でもゲイだった、って言ってたみたいに、私はこういう母親でしかないから……こういう母親っていうか、こういう人間だから。」 「うん。」 「だから、それについては、謝らない。謝ったからといって、自分のやり方を変えることはできないから。私は常に、その時その時に、自分の意志で選んだことをしてきた。ああすれば良かったのかもと思うことはあっても、そうしなかったことを後悔はしてないの。間違ったことをしたと分かっても、やっぱり私はその間違いを何度でも選ぶの。だから、至らない母親だってことは謝らない。――でも、あなたが私の息子だってことには、感謝してる。あなたのことは、誇りに思ってる。」 「……。」涼矢は自分でも気付かない内に、背筋を伸ばし、姿勢を正していた。 「いつもよ。今までもそう思ってきたし、これからもそう。だから、涼矢も私に謝らないで。あなたがあなたでいることを、恥じないでほしいの。」 「……はい。」小さな声で涼矢は答えた。泣きそうだが、泣かなかった。佐江子の目が、泣くなと言っていたから。  佐江子がニッと笑った。「なんてね、実は、お父さんの受け売り。」 「えっ?」 「都倉くんとのことを知って、どうしていいか分からなくて、電話した。確か、あの翌日ね。だいたいさっき言った通りの会話をして、最後に、これから涼矢にどんな顔して接したらいいだろうってお父さんに聞いたのよね。そしたらお父さん、そんなの、涼矢が素敵な彼氏を連れてきたんだから、誇らしく思っていればいいだろうって。つまり、いつも通りにしていればいいんだって。涼矢はいつでも私たちの自慢の息子なんだからって。そんなことをね、しれっと言うんだよね、田崎さん。」 「うわ。」 「本当、彼の親バカ? というよりバカ親よね。あのバカ親っぷりには、かなわないよ。だからもう、私も、いろいろ思い悩むの、バカバカしくなっちゃって。」佐江子はにっこりと微笑んだ。「だから、好きにしたらいい。あなたの判断を私は信じてる。都倉くんを選んだことも含めてね。お父さんも同じように思ってると思うよ。」  涼矢は落ち着かない様子で、髪を何度もかきあげた。「それ……俺はどういう顔したらいいの。」 「さあね。」佐江子は立ち上がる。「今まで通りで、いつも通りでいいんじゃない。こっちだってそのつもりだから。」それから大きく伸びをした。「さてと、私もお昼寝しようかな。今日が休みだと思ったら、昨夜はついウキウキして、夜中までビデオ見ちゃったよ。そんな時こそ、早く寝りゃいいのにね。あなたも、結局昼寝してないんでしょ、寝てきたら? それで、夜は、どっか美味しいものでも食べに行こうよ。」 「ん。」返事にもならない返事をして、涼矢も立ち上がる。佐江子が寝るのは1階の寝室だ。涼矢はまた2階の自室に向かおうとドアに寄る。出て行く間際に「焼き鳥屋がいい。」と言った。 「オッケー。」佐江子の返事を、涼矢は背中で聞いて、リビングを出た。  自室に入り、ドアを閉めると、そのままそのドアにもたれた。ふう、と、深い息を吐いた。  疲れた。  目をつぶる。右手を開いて、中指と親指でこめかみの「ツボ」を押さえた。何のツボだったか。眼精疲労か、頭痛か。どちらでもいい。それから勢いをつけて直立の姿勢に戻り、今度はベッドに倒れ込んだ。眠い。疲れた。何も考えたくない。そして、そのまま眠ってしまった。  次に目を開けたら、もう18時だった。なんと4時間ほども寝てしまったらしい。昼寝というには長過ぎた。上半身を起こして、意味もなくあたりを見渡した。いや、意味はあった。ここはもう和樹の部屋じゃない。そのことを思い出すことができた。それにしても、視野が少し変だ。寝起きだからだろうが、目がかすんでいるようだ。涼矢は目をこすった。そうして、こすった手に湿り気を感じた。  これ、涙? 泣いてたのか、俺?  夢を見たのだろう。何ひとつ覚えていないけれど。悲しい夢で流した涙なのか、嬉し涙なのかすらも分からない。悲しい夢を見たとすると淋しいし、嬉しい涙なら、その夢を覚えていないことが少し悔しい。そう思って、つくづく自分はマイナス思考だと思う。和樹なら、逆のことを言う。悲しい夢なら忘れて良かった、楽しい夢なら、言うことない。

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