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第240話 Alice in Wonderland (4)
「良い話ね、アリス。そのうち、母校で講演会でもしてあげたらいいわ。あなたの人生、波乱万丈でおもしろいもの。元気になれる。」
「怪我して、ラグビー辞めたかと思ったら学生結婚のできちゃった婚して、卒論落として留年して、1年遅れで就職して、そしたらその会社が半年後に倒産して、日雇いで妻子食わせて、その現場で外国人労働者と仲良くなって、その人の国が大洪水で大変なことになって、そんな縁でボランティアで海外行って、戻ってきたら女房が浮気してて離婚しようとしたんだけど、私も1人で海外ボランティアなんか行ってたもんで、非があるってことになっちゃって、こどもの親権取るのに裁判になって、ああ、この時はさっちゃんにだいぶにお世話になってたわね、さっちゃんのおかげでこども引き取れて、保育園のママ友がシングルマザーで台湾人で、その人と子連れ再婚して、2人目が生まれて、収入増やしたくて夜も中華料理屋で働くようになって、いつの間にかそっちがメインになって調理師免許とって、そしたらそこのオーナーが引退するから店を引き継がないかって言ってきて……これ、どこまで続ける?」
「今ので、まだ30歳になってないわよね?」
「なってない。2人目生まれたのって、私が27の時だし、最初の店をオープンしたのが29歳だったかな。」
「すごい。」涼矢が呟いた。
「中華屋さんで飲食業に目覚めて、このお店を?」宏樹が聞いた。
「いやいや、とんでもない。まだまだいろいろ紆余曲折あってね。結局最初の店は失敗して借金抱えて、宅配ドライバーやったり、あと農家の手伝いもしたし、ハイヤーの運転手も経験したなあ。あ、そうそう、1年間、船で暮らしてたこともあるのよ。それが女装のきっかけで……。もう、キリがないから、今日はここまで。またお店に来てくれたら、続き教えるわ。」アリスはウインクして、カウンターに戻っていった。他の客もいることだし、あまり独占しても悪いと思ったのだろう、誰も引き留めなかった。
「アリスったら有名人だったのね。有望な選手だったとは聞いてたけど。」佐江子が宏樹に言った。
「ええ、はい。国立大って、一部を除いて、ラグビーはそんなに強くないんです。俺の母校も含めて。でも、有栖川さんはホント、すごかったから。あの人に憧れて入ってきた人も多くて、それで地方の国立にしちゃ、まあまあ強くなったっていう……。その人が、こんな地元で、こういうお店やってたなんて。」
「何より、あの見た目がね。驚いた?」
「いや、びっくりしました。」宏樹は笑った。「でも、全然変わってないのかも。先輩から嘘か本当か分からないエピソード、いろいろ聞いたんですよ。学生の頃から破天荒な人だったみたいですね。だから、納得してしまうところもあります。」
「まあね、私たちは、そんじょそこらのことでは、もう驚かないわよね。」佐江子は涼矢を見た。
「いや、まあ。……そうですね。」宏樹も涼矢をチラッと見てから、慌てて目をそらした。
「俺、すげえいづらいんだけど。帰ってもいい?」涼矢のパスタの皿は既に空だ。
「ダメに決まってるでしょ。」佐江子はその皿を、下げやすいようにテーブルの端に寄せた。「何か他のも食べる? 結構美味しかったでしょ?」
「うん。でも、もういい。このへんのもの適当につまむから。」テーブルの上には、ミックスナッツに生ハムとチーズの盛り合わせ、砂肝炒め、そして、ワカモレディップとコーンチップが乗っている。
「あっそ。」佐江子は宏樹にも尋ねた。「宏樹くんも、お腹に溜まるもの、食べたら?」
「うーん。じゃあ、この、あんかけ焼きそば。ここ、おもしろいですね。イタリアンも中華もあるし、生春巻きもあればタコスにスリランカカレーなんてのまである。」
「アリスが渡り歩いてきた世界ね。焼き鳥はないけど……そういえば、あの焼き鳥屋さんは、よく行くの?」
「いえ、今日で3回目。友達と2回行って、1人で入ろうと思ったのは、今日が初めてです。」
「おうちでごはん食べないの?」
「基本的には家で食べてますよ。おふくろが待ち構えてますしね。普段はそんなに酒も飲まないし。ただ、今日は、ちょっと、ああいうとこに行きたい気分で。」
「あら、何かあったのかしら。」
「あったんですよ。」宏樹は苦笑いした。「振られちゃいました。」
「え。」と言ったのは涼矢だ。振られたことより、つきあっている人がいたことに驚いたのだが。
「大学の頃からつきあってた彼女がいまして。後輩だから、まだ向こうは学生です。で、まあ、俺、今年就職して、4月から私立高校の教師をやってるんですが、今時、高校教師なんて安月給で、運動部の顧問なんてやった日には、土日もなく働かされるブラックな仕事なわけですよ。しかも私立の学校なんでね、公務員でもない。まあ、そのへんで愛想尽かされたんです。彼女、結婚願望がとても強い子で、その相手に俺はふさわしくないと判断されたようです。今日はたまたま部活も昼過ぎで終わりで早く帰れたから、久しぶりにデートすることになったんですけど、別れ話でした。」
「その割には、すっきりした顔してるわ。」
「まあ、薄々覚悟してたんで。それに、今は仕事に集中したいというのもあったから、ちょうどよかった、なんて気もしちゃってますね。そういうのも見透かされていたかもしれないですね。女の人って鋭いでしょう、そういうの。」
「どうかしらね? とりあえずその女の子は見る目がなかったんだと思うわ。さて、じゃあ、宏樹くんの新たな出発に、乾杯。」佐江子は宏樹のロックグラスに自分のそれを合わせた。
「はは。ありがとうございます。」宏樹はグイッと焼酎を飲んだ。「カズには言うなよ? 振られたなんて格好悪い。」と涼矢に向かってニヤリとした。
「言いませんよ。」
「そっちはうまく行ってるんだな。」
味方だと思っていた宏樹だったが、矛先を涼矢に向けてきた。振られた話じゃそうもしたくなるかと思うものの、代わりに自分が酒の肴にされてはたまらない。涼矢はその存在すら知らなかった宏樹の彼女を恨んだ。
「はあ、まあ。」
「あいつに遠距離なんか絶対無理だって思ってたんだけど。」
「俺もそう思ってました。でも意外とまめに電話とか……。」言いかけて、恥ずかしくなる。これじゃただののろけだ。
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