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第242話 Alice in Wonderland (6)
「和樹はコミュ力高いから。」俺と違って、と赤字で書き加えたいぐらいだ。
「まあ、そうだな。サークルとか部活とかやってんの?」
「学祭のなんかやってるみたいですよ。」
「涼矢は?」場に慣れたせいか、うっかりなのか、宏樹がついに「くん付け」しなくなった。
「俺は何も。」
「そうか。もったいないなあ。でもま、勉強大変だよな。」
「そうですね。それなりに。」
「しかし、学祭サークルか。また、チャラチャラした感じのとこに入ったもんだな。スポーツやればいいのに。」
「別にチャラチャラはしてなかったですよ。」
「会ったの? 和樹くんの友達と。」佐江子が割り込んできた。
「うん。バーベキュー行った。」
「へえ。」佐江子は心から驚いたように言った。「涼矢がねえ。」
「運転できる人が急に来られなくなって、ピンチヒッターで。都会の道を走るのはヒヤヒヤしたけど、なんとか。」
「お、涼矢は免許取ったんだ?」
「8月に取ったばかり。」
「そう、それで今日もここ来るのに運転お願いしたの。」
「車はどこに?」宏樹が、見えるわけもないのに周りを見渡す仕草をした。
「駅のほうの、焼き鳥屋の裏の。」
「ああ、あっちか。」
「帰り、車で送りますよ。」
「おお、助かる。……でも、遠回りだろう?」
「大した距離じゃないです。いつもはもっと遠いこの人の職場まで、送り迎えさせられてるし。」涼矢は佐江子を横目で見た。
「練習させてあげてるんでしょ。」佐江子も言い返した。
「カズも免許取りゃいいのにな。」
「来年あたりには取りたいって。でも、都内は車、要らないかも。」
「あいつはずっと東京にいるつもりなんかな、やっぱり。」
「さあ……それは。」
たぶんそうなるだろうと思う。でも、今の自分の立場で言えることではない。そう思ってせっかく明言を避けたのに、宏樹が重ねて言った。「涼矢もそのほうがいいと思うだろ?」
「……和樹が決めることだから。」
「でも、こっちじゃ息苦しいこともあるだろ? 東京のほうがやっぱり、おまえたちみたいなケースは。」
「分かりません。」宏樹の言葉を遮るように涼矢は言った。「俺に聞かれても分かんないです、そんなの。」
「涼矢、宏樹くんはあなたたちのこと心配して。」佐江子がたしなめた。
「でも、知らないだろ?」思わずそんな言葉が口をついた。
「何を知らないって言うのよ。」佐江子の口調に怒気がプラスされた。
「別に責めてるわけじゃなくて。……和樹は、東京に行ったからって、新しく知り合った友達には本当のこと言えてないって言ってた。俺のほうがよっぽどオープンにしてる。東京なら難なく理解してもらえるとか、そんなわけじゃないから。」
「自分のことを内緒にされてるのが嫌なの?」
「そんなことは言ってない。」涼矢は、ほぼ空になったジャスミンティーのコップを手にして、わずかに溜まった水分を飲んだ。それから、口の中に流れてきた氷を噛み砕いた。
「ごめんなあ、ろくに分かってないくせに、出しゃばったこと言って。」皮肉でなくそう言っていることが伝わるような口調で、宏樹が言った。
涼矢は、宏樹のそんな優しい言葉にこそ、逆に打ちのめされる気がしてしまう。自分がなりたいと思う大人は、こういう時に、こういう風に謝れる人間だと思う。だから、自分も頭を下げてみた。「いや、俺です。俺が、言いたいこと、うまく言えなくて。すみません。」
「言いたいこと、ねえ。」佐江子が呟いた。「言ってみたら? なるべく広い心で聞いてあげるから。」
「何だよ、その、上から目線。」
「親だもの、当然上からよ。私が嫌なら宏樹くんに聞いてもらうつもりで、話してみたら?」
「そんなこと……。」
「2人のことだから私たちには関係ない、なんて言わないわよね? 分かってるよね、そのへんは。」
涼矢は言い返せなかった。和樹がいればいい。和樹さえいればいい。2人で生きて行きたい。誰よりもそう思っている。けれど、和樹と2人で生きていくためにこそ、周りの人を無視なんかしていいわけがないのだ。そのことは、この2週間で和樹から何度も繰り返し教えられた。
涼矢は佐江子と宏樹の顔を交互に見た。
「俺は別にいいぞ。聞くぐらいしかできないけどな。」
宏樹と佐江子は姿勢を正して、じぃっと涼矢を見た。
「そんな構えられてちゃ、話しづらい。」
「何よもう、文句ばっかり。」
「広い心じゃねえのかよ。」
「はいはい、分かりました。どうぞ、続けて。」
「別にそんな、大した話じゃないよ。ただ、俺たちはまだ、自立してるわけじゃないから、勝手に東京で暮らしたいなんて言える身分じゃないだろうって言いたかっただけ。」
「でも、条件が許せば、そうしたいんだろ? そういう話は、2人の間では、してるの?」
「……。」涼矢はうつむく。
宏樹が慌てて「ごめん、そんなの、俺はカズに聞けって話だよな。」と言った。
「してます。」うつむいたまま、涼矢は言った。
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