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第247話 リスタート(3)
――違うの?
「違わないけど。」
――なんだよ。
和樹が笑った。
「怒ってない?」
――何を?
「親父にバレてたって。」
――まあ、いいんじゃないの。え、もしかして、俺、実はお父上に嫌われてたってオチ?
「いや、それはない。全然ない。高く評価されてる。」
――じゃあ、問題ないでしょ。むしろ、あれこれ悩まずに済んでラッキー的な。
「……やっぱりおまえって、そうだよな。」
涼矢は軽く笑う。
――ん?
「そう言うと思ってた。親公認なら良かったじゃないか、とか。」
――そう、それ。うちもなぁ、涼矢のとこぐらい理解のある親ならなぁ。
和樹の親。つまりは宏樹の親でもある。宏樹の言った「うちの親は、決して理解がないわけではないが、少し時間がかかるだろう」という言葉を思い出さざるを得ない。
親を含めた他者からの理解は、自分にとってはオプションに過ぎない、と涼矢は思っている。いくら和樹にそれを否定してもらったところで、「理解されなくて当然」と自分に言い聞かせてきた時間が長過ぎたのだ。理解してもらえるなら、それに越したことはないけれど、そうでなくても構わない。和樹さえ分かってくれていればいい、と思ってしまう。でも、その和樹は、それでは幸せになれないのも分かっている。哲の幸せさえ願う和樹が、自分の親を絶望させてまで幸せになりたいと思うはずがないのだ。だから。
涼矢は嘘をつかない範囲の、そして和樹が素直に共感してくれそうな、そんな落としどころの言葉がないかと頭を巡らせる。
「……時間をかけていけばいいよ。世界中の人に祝福してほしいわけじゃない。本当に分かってもらいたい人だけに、分かってもらえればいいんだから。」
そう言いながら、自分はずるい、小賢しい、と思う。
"本当に分かってもらいたい人"なんて、俺にとっては和樹だけなのに。でも、和樹はこの言葉を最大限に拡大解釈するだろう。お互いの親兄弟はもちろん、親しい友人、あるいはマスターといった人までその範囲に入れて。そのズレに気付いていながら、俺はそこについては言わない。
――おまえがそう言ってくれるんなら、助かるけど。
そして、そのずるさに、和樹は気付かない。気付かないくせに、涼矢の一番痛いところを突いてくる。でも、その痛みがあればこそ、涼矢は少なからず感じている罪悪感を軽減できるのだった。
「助かるなんて。」
――だってさ、不公平だろ。俺だけ、家族公認みたいなのって。
「宏樹さんがいる。」
――そうだけど、兄貴は恋愛に関しては人の心配してる場合じゃないだろうしな、あんまり頼りにならないよ。
確かに、まさに今日も振られた話を聞かされたわけだが、和樹には言うなと宏樹に釘を刺されてしまっている。もっとも、そんな口止めをされずとも、言うつもりはなかったが。
「和樹のこと心配してたよ、ちゃんとやっていけてるのかって。一応、それなりにやってましたって言っておいたけど。」
――サンキュ。
「ああ、あと、お金もらった。」
――へ?
「宏樹さん、自分の分の食事代は払うって言って。結局おふくろが全額出したんだけど、だったら俺にって、こっそりその金くれた。和樹はろくに金持ってないだろうし、俺が結構負担したんだろうって、気を使ってくれて。」
――おや、ヒロったら良いお兄ちゃんだね。もらっておけばいいんじゃない?
「今度そっち行ったら、おまえに渡すよ。」
――いいよ。それじゃ意味ないだろ。兄貴はおまえにくれたんだから。
「そっか。じゃあ、何かおまえに送る時の足しにするわ。」
――誕プレ? それよりクリスマスが先か。どっちにしろ気が早いな。
「別に何かの日でなくたってプレゼントしていいだろ。この間送ったプラグだって。」
――ストップ。その話はやめろ。
「そうだ、あれのもっとデカいサイズの奴、送るわ。」
――やめろと言ったのが聞こえなかったのか。それと兄貴の金でそういうものを買うな。
「分かった、純然たる自分の口座からおろした金で買う。」
――要らねえっつってんだよ。
「バイブのほうがいいか?」
――何て言えばその話をやめてくれるの?
「んー。おもちゃじゃヤダ、本物がいい、とか。」
――送るならおまえのチンコを送れ、これでいいか?
「送ろうか?」
――はあ?
「欲しけりゃやるよ。チンコの1本や2本。いや1本しかねえけど。」
――グロいこと言うなよ。痛えよ。
「想像力が豊かだね。」
――そう、だからやめて。
「でも、俺のチンコなくなっちゃったら和樹も困るよね。」
――やめてくれないんだ? もう電話切る。
「嘘、ごめん、やめる。ちょっと変なテンションがおさまってないもんだから。」
――おまえの精神安定の方法は間違ってる。
「だよね。本当は、正しく和樹にキスしたりして精神安定を図りたいのにな。」
すると、スマホの向こうから、チュ、というかすかなリップ音が聞こえた。
――聞こえたか?
「……はい。」
――録音するヒマもなかっただろ。ざまあ。
「ひどいな。もういち……」
――もう一度は、いたしません。一回限りだから、ありがたいんだよ。録音なんかするのは邪道なの。
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