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第248話 リスタート(4)

「いいよ、あのキス動画あるから。」  和樹がキス写真を撮ると言っておきながら、その実、こっそり録っていた動画。涼矢のスマホにも送ってもらってあった。 ――あ、しまった。それあったの、忘れてた。でもあれ、おまえのほうがエロい顔してるぞ。 「うるせえよ。エロいことばっか言ってないで、明日の塾の準備でもしろよ、センセ。」 ――言われなくてもそうするよ。ったく、おまえが言い出したくせに。  涼矢は笑う。 「ん、でも、本当に、おまえの声聞くと安心する。」 ――そんな風に思うんだったら、もうちょっとマトモなこと言えよな。 「たとえば?」 ――うーん。愛の言葉を囁くとか? 「愛してるよ、和樹。」 ――いきなりだな。 「いつでも、どこにいても、おまえのことが好きだよ。」 ――はいはい。 「今までも、これからも、ずっとおまえだけ好きだよ。」 ――そういうことは流暢に言うのな。 「言えるよ。何回でも。」 ――いや、いい。もうお腹いっぱい。 「うん。」 ――……。 「ん?」 ――あー、いや。じゃあ、おやすみ? 「何故に疑問形?」 ――……俺も言えって、言われるかと思ってた。 「ああ。……言ってくれたらうれしいけど、今はいいんだ。俺が言いたかっただけだから。」 ――……。 「何?」 ――あー。 「あー?」 ――愛してるよっ。 「ん、ありがと。」 ――はい、じゃ、おやすみっ。  なんでそんなに照れるのか……と涼矢が言おうとしたときには、もう電話は切れていた。おやすみ、とメッセージで送信した。月と星の絵文字だけが返ってきた。  涼矢はそのまま目をつぶった。4時間も昼寝をしたから寝付きも悪くなるかと思っていたが、存外に疲れていたようで、すんなりと眠りに就いた。  同じ時刻、和樹はまだ眠らずにいた。電話がかかってくる前に読んでいた本の続きを読み始めた。ページの半分ほど行を進めたところで、ちっとも内容が入ってこないことを自覚して、もう一度読み直す。そんなことを3回ほども繰り返し、ようやく平常心を取り戻した。取り戻したところで、普通に読めるようになるとも思えず、結局本を閉じる。  それから、歯を磨きに洗面所に行く。歯ブラシに手を伸ばそうとして、気が付いた。捨てて行ったとばかり思っていた涼矢の歯ブラシが残っている。掃除に使えなどと言っていたから、わざと置いて行ったのか? 「使わねえって言ったのに。」和樹はそう独り言を言い、歯ブラシを捨てかけて、やめた。そして、再び、スタンドに戻した。朝の涼矢がまったく同じ動作をしたことも知らずに。  歯磨きを終えて、壁スイッチで天井の照明を落とし、暗がりの中、勘でベッドにもぐりこむ。布団の中に、涼矢の気配を探ろうとするが、何もなかった。最後に抱きあったあとのシーツは洗濯していない。来月末までそのままにしておきたいぐらいだが、そんなことをしたら涼矢に叱られてしまいそうだ、と思う。――そのうち洗う。でも今日じゃないし、明日も洗わない。少なくとも1週間はこのまま行ってやる。そんな愚にもつかぬ決心をする。  和樹は枕元の充電器に置いたスマホをもう一度手にした。バックライトが光る中で動画再生ボタンに触れる。マナーモードに設定してあった音量も上げた。 「いつも通りにしてよ。」「無理。」そんな会話の後、自分は涼矢に軽いキスをしている。涼矢がそれをくすぐったがって笑う。その唇にキスをした。その後には涼矢のほうからキスされた。「写真、撮らないの? キス写真、撮りたかったんだろ?」という涼矢の声。  少しだけ戻して、涼矢にキスされる場面からまた見る。 「キス写真、撮りたかったんだろ?」という涼矢の声を聞く。  更にもう一度、同じことをした。  キスのところで、一時停止する。  少し泣きたい気持ちになった。それが淋しいという感情なのか、自分でもよく分からなかった。そこまで苦しくはない気がした。上京の前夜は、はっきりと淋しかった。あの時は、離れてしまった後のことが全然予想つかなくて、不安でたまらなかったから。あの感情を淋しさと呼ぶなら、今、ジグソーパズルの1ピースだけが見つからないような、この感覚は違う。  あれほど淋しかった前回の別離でも、ひとたび会えたら、4ヶ月の空白はなんでもないことのように思われた。元通り以上だったかもしれない。俺たちは大丈夫、そんな"実績"ができた。だから3月の時のように淋しくはないのだ。次に会えるのは約2ヶ月後。たったの、だ。それなのに泣きたいのは何故なんだろう。  一時停止の画面の涼矢に触れる。指先で撫でるようにすると、再生ボタンにも触れてしまったようで、再び動きだした。「キス写真、撮りたかったんだろ?」  写真撮りたいんじゃなくて、キスしたいんだよ。心の中でそう呟いて、和樹は画面を消した。 ――それも、今すぐに、だ。今、おまえにキスしたいんだよ。  涼矢が寝ていた自分の右側を探る。指先に触れるのはひんやりとした壁だった。

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