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第993話 nick of time (12)
店を出ても何人かはまだ名残惜しそうに立ち話を続けていた。涼矢が繰り返される戸の開閉を見るでもなく眺めていると、柳瀬が店員と何か話している様子が垣間見えた。札を数え直しているようにも見えて、集金額が合わなかったのだろうかと近寄ろうとするより先に、ミナミと矢島がレジ横に戻っていく。幹事が出てこないせいで帰るに帰れない雰囲気が漂う中、まずはマキがとっとと帰ってしまった。他にも何人かが時間を気にしはじめだした頃、宮野が大きな声で「はい、それじゃあ、今日はお疲れさんでした。また集まろうな」と言った。さりげなく柳瀬の代わりを務める宮野を、涼矢は少しだけ見直した。宮野の言葉をきっかけに三々五々散っていく。カノンとエミリもだ。二人のことは車で送るつもりだった涼矢だが、カノン曰く今日は二人で女子会をし直すのだと申し出は断られてしまった。それなら和樹と二人で帰ろうとも思うが、さっき見た柳瀬の様子が気になった。
「あら、お二人さんは帰んないの」
宮野が言う。
「車だし、柳瀬を送ってやろうと思って」
「ああ、柳瀬の近所なんだっけ」
「うん」
「俺は電車なんで、お先に」
「おう、お疲れ」
宮野の背中を見ながら、和樹が言う。
「柳瀬を送るつもりだったなんて聞いてない」
「言ってないな」
「別にいいけどさ」
「送るつもりはなかったんだけど、なんか、大変そうだったから」
もう一度店内に戻ろうと歩き出す涼矢のあとを、和樹は黙って着いていった。
扉に手をかけた瞬間に、中から出てきたのは矢島だった。お互いに「おっ」と驚きの声を出し、後ずさる。
「なんだ、田崎か」
「大丈夫だった?」
「何が……ああ、会計? 大丈夫大丈夫。五千円札と一万円札を数え間違えてて」
その背後からミナミも顔を出した。
「あとね、コースの最後に、〆のアイスがあったみたいなの。それ出す前にみんな帰っちゃったから、その分返金するとかしないとか」
「もともとサービスしてもらってんだし、今更全員呼び戻して金返すのも大変だから、それはいいって話になって」
補足したのは矢島だ。
「まだ誰か残ってんの」
更にその後ろから柳瀬の声がする。
「田崎と都倉」
「おう、ちょうどいいや。ミナミちゃんたちもちょっと戻ってきてよ」
柳瀬に言われて、ミナミと矢島、そして涼矢と和樹が店内に戻った。
「時間あるなら、アイス食ってかない?」
「サービスで出すはずだったやつ?」
和樹が聞き返す。
「そうそう。ほら、途中まで準備しちゃっててさ」
柳瀬が指差した先には、少量ずつ盛り付けたアイスの小皿が十個ほど並んでいた。それらは既に溶けかかっており、食べないと言えば廃棄されることが予想できた。ミナミたちと顔を見合わせたのち、和樹が代表するように「食う」と答えた。
一階にはもう客はいなかった。香椎の姿もない。その片隅のテーブルで、柳瀬を含めた五人でアイスを食べ始めた。
「掃除とかしてっから、落ち着かなくて悪いけど」
柳瀬の言葉通り、店の隅のほうから掃除が始まっていた。早く食べ終わらないと厨房も片付けられないだろうと焦る。
「ううん、全然。アイスも食べられてラッキー」
ミナミが笑う。
「ミナミちゃん、時間は大丈夫?」
「うん、彼が迎えに来てくれるから」
「え、彼、カナダじゃないの?」
和樹が言う。カナダで生まれ育って今もカナダに住んでるカナダ人。確かそう言っていた。
「あはは、あれは嘘」
「嘘?」
驚く和樹を見て、ミナミは更に笑った。
「今付き合ってるの、マキの元彼なんだよねえ。だから共通の知り合いには言えなくて」
「マジで。マキちゃんは知ってるの?」
柳瀬も驚いたように言う。
「知らないよ。言ったら何するかわかんないもの。あの子ちょっと、ストーカー気質だし」
ストーカー、という単語を聞くと嫌でもエミリの例の彼氏を思い出す。涼矢もだろうかと、和樹はそっと涼矢の顔を見た。同じことを思ったのか涼矢と目が合う。
「でも、ずっと隠すのは無理なんじゃ……」
矢島が言う。
「大丈夫。ずっと付き合うわけじゃないから」
「なんで」
「奥さんいる人なのよ。こっちには単身赴任で来てるだけ」
「は?」
矢島は嫌悪感をあからさまにする。その男に対する嫌悪感なのか、そうと知ってて付き合うミナミに対するものなのかは分からないが、たぶん俺も今、矢島と同じ表情になっているんだろうと和樹は思う。
「マキが言うのよ、今付き合ってる人、イケメンでエリートで、優しい人だって。よっぽど自慢したかったんだろうね、わざわざ呼び出されて三人で会ったの。そしたら、本当にその通りの人だった」
「でも、クソだろ、その男」
矢島が口汚く言うが、和樹も共感するしかなかった。
「クソ男よ。マキがトイレに立った瞬間に連絡先渡されて、相談したいことがあるから二人で会おう、なんて誘われて、別の日にノコノコ会いに行ったの。で、二人でマキの悪口で盛り上がって、こういうことになった。最低でしょ、そいつも私も」
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