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第995話 nick of time (14)
「だよな」と矢島までもが同意した。「でも、そんなことがあっても、おまえらと仲いいんだな、彼女たち」
「それが不思議」
柳瀬が矢島の言葉に頷く。
「彼女たちは、人間ができてるんで」
和樹がサラリと言った。
「うん。俺もそう思う」と涼矢も言う。「格好いいんだよ。特に、エミリは」
「高校の頃からな」
「うん」
「ふーん。まあ、俺にはよく分かんねえけど、彼女たちに感謝しておいたほうがいいのは確かだな。おまえらのこと、変な風に噂するなって言って回ってくれてたのもあの子たちだし。――まあ、今となっちゃ噂も何も関係なさそうだけど」
「そうでもないよ」
柳瀬の言葉を否定する涼矢に、和樹がピクリと反応する。
「だってもう、オープンなんだろう?」
柳瀬の言い分はもっともだ。隠し立てもせず、二人してペアのピアスをしてみんなの前に現れておいて、何を今更。そう思われても仕方がない。
でも、本当の意味ではまだ、「オープン」ではない。少なくとも俺は、と和樹は心の中で呟く。それから矢島と柳瀬の顔を交互に見る。親にも言えないことを彼らに暴露したのは他ならぬ自分だ。だが、一番身近な親にはまだ伝えられていない。いいや、親だからこそ言えないのだ。正直に話したところで理解しないと分かっている親に真実を伝えることと、黙っていること、どちらが親孝行で、親不孝なんだろうか。
和樹は口を開いた。
「俺、親にはまだ言ってないんだ。変な風に噂話で耳にするぐらいならさっさとカミングアウトしたほうがいい気もするんだけど、やっぱり言いにくくて。保守的だからさ、うちの、特に父親」
ふいに香椎の言葉が思い出された。――それぞれのタイミングってのがあるからね。
正直に言えば、地元では徹底してクローゼットを貫いているという香椎よりも、高校の同級生や兄にカミングアウト済みの自分のほうが、どこか優位にいる気がしていた。上も下もないし、勝ち負けでもないことは分かっている。でも、「言えない」のは「弱さ」だと思ってしまう自分がいる。その弱さが、かつて涼矢を苦しめたのだ。俺は違う。俺はちゃんと受け止めた。受け止めて、エミリや柳瀬の前でも堂々とそれを宣言した。だから涼矢も大学ではゲイだということを隠さずにいる。本当の自分を出せるようになったのだ。香椎が涼矢にしてやれなかったことを、俺はやったんだ。
でも、本当にそれは「涼矢のため」だったんだろうか。言う選択、言わない選択。友達には言えて、親には言えない理由は、本当に「親の無理解」だけなのか。俺は本当に「正しいほう」を選んできたのか。――。心は堂々巡りを繰り返す。
「そうなんだ」
和樹の口から親の話題が出ると柳瀬は気まずそうにもじもじして、助けを求めるように隣の矢島を見た。その視線には気づかない様子で、今度は矢島が話し出した。
「俺も、付き合ってる彼女のこと、うちの親は反対してて。理由はもちろん全然違うけど。彼女んち、複雑な家庭っつか、実の父親が反社っていうの? そういう筋の人なんだよね」矢島の言葉に三人は黙り込んだ。「その父親とはもう縁は切れてるけど、近所ではそれなりに知ってる人もいて、うちの親に余計なこと吹き込んだ奴がいて。それ以降、彼女の話になると感情的になっちゃって、全然話が通じないんだよ。――つっても実際、彼女は高校出て就職しようとしたら父親のことで内定がダメになったこともあって、そんなの関係ねえなんて無視もできなかったりして。そんなことで差別されるのは絶対おかしいと思うし、悔しいけど、結局簡単な解決方法なんかなくて、このまま真面目に二人でやって、大丈夫ってところを見せていくしかないっつうか」
「……そうか」
誰よりも神妙な顔をしているのは柳瀬だ。
「真面目にやってたら、分かってもらえる日が来る……かな」
ぽつりと和樹が言う。
「そう思うしかないから。結局」
矢島も呟くように言う。
「えっと」柳瀬が言いにくそうに、それでも、言った。「俺は偉そうなこと言えないけど、もし、もしもだよ? おまえらが一所懸命やっても、親とか、職場とかに認めてもらえなくても、俺はそういうの、ちゃんと分かってるつもりだから。俺に分かられてもしょうがねえだろうけど。俺だけじゃなくて、今日来た奴らのほとんどは、そういうの、分かる奴だと思ってる、俺は」
「全員が分かる、って言わないところにおまえの誠意を感じるよ」
そんなセリフを吐いたのは涼矢だ。
「どうして涼矢はそういう言い方」
柳瀬が情けない声を出すと、涼矢はニヤリと、和樹は声を出して笑った。つられて矢島も笑い、少しだけ場の緊張が緩んだ。
「さて、帰るか」
和樹が言うと全員が頷いた。アイスはすべて空になり、フロアの掃除も終わった様子だ。これ以上の長居もできまい。
「俺、車だから矢島も送るよ。家どこ」
涼矢が尋ねると矢島が町名を答えた。さほど遠回りにはならないことに和樹がホッとした。この手の話題のあと、涼矢は本人が思う以上にメンタルを疲弊させる。ただでさえ同窓会のような場に出てくることが好きではない涼矢を連れ出したのだ。余計なことでこれ以上疲れさせたくない。
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