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第252話 リスタート(8)

「なんですか。」 「その、二流大学で、しかも、なんとなく入ったような受け答えをしていたんだったら、どうして採用になったんですか。」まさか本当にデスボイスで採用されたわけでもあるまい。 「それは」早坂は表情筋をほとんど動かさずに言った。「もちろん、顔ですよ。先ほども言ったでしょう、こどもはイケメンが好きなんです。都倉先生なら生徒が増えると見込んだからです。うちは基本的に地元密着型で口コミで生徒が入ってきますので。少子化の中で塾として生き残るための、経営戦略です。」  あっけに取られる和樹の視界の端に、何かが揺れているのが入ってきた。菊池が体を震わせて笑いをこらえているのだった。 「では、今日からよろしくお願いします。私は基本的に、上の階で中学生の指導をしています。事務的なことで分からないことがあったら菊池さんに聞いてください。指導上のことは、私に。」そう言って早坂は部屋を出た。階段で上に上がるのだろう。 ――結局、顔で決めたってことだよな。  顔を褒められて嬉しくないこともあるのだと、この時の和樹は思い知った。 「菊池さん。」和樹が話しかけると、菊池は笑い過ぎて涙目になった顔を和樹に向けた。 「はい、なんでしょう?」 「教室長って、いつもあんな調子ですか。」 「そうですね。でも、あれで案外、生徒さん達にも人気があるんですよ。」確かに、さっき早坂と会話していた子も、こどもに迎合した笑みなど一切見せない早坂を相手に、嬉しそうな顔でしゃべっていた。 「俺、嫌われているわけじゃないですよね。ニコリともされないんですけど。いや、されたいわけじゃないんですけど。」  菊池は周りに聞き耳を立てるような生徒がいないことを確認して、話し始めた。「嫌われているなんてとんでもない。ただ、最初は、少し意外ではありました。ここの塾、ほかの先生はみなさん正社員の専任講師でいらっしゃるでしょう? お一人、親御さんの介護でフルにできなくなってしまって、その分、アルバイトを募集することにしたんですが……その時には、女性を入れるっておっしゃってたんですよ、教室長。若くてきれいな女性を、って。理由はさっきおっしゃってた理由ですけどね。」  つまり人寄せパンダ的な。「女性の応募がなかったんですかね。」 「いえいえ、ありましたよ。結構たくさんの応募があって。私が書類選考を担当しましたから知ってるんですが、若い可愛らしいお嬢さんだって何人もいらしたんです。あ、でも都倉先生は確か、直接こちらにいらっしゃったんですよね。」 「ええ、貼り紙見て電話したら、じゃあ履歴書持って、面接に来てくださいって。だから、事前の書類選考はなかったはずです。」 「それね、その時、教室長が見てたらしいですよ。この窓から、下の道路が見えるでしょう。それで、私が電話応対していたら、面接に来るように伝えてくれって、横からおっしゃってね。もうその時から一目惚れだったんですよ。面接なんて形式的なもので。」 「一目惚れ……。」 「あら、変な言い方しちゃってすみません。でも、その電話の時にはもう、今電話かけてきた子を採用することになると思うっておっしゃってたんですもの。」  その時、他の講師が数人やってきた。確かに全員中年の男性で、小学生なら親より年上であろうという人たちばかり。少なくとも見た目で人気が出るタイプはいなさそうに思えた。一通りの挨拶を交わして、和樹も見よう見真似で授業の準備をした。その間も、彼らにもやけにじろじろと上から下まで観察されている気がする。容姿で選んだと聞かされていれば、そんな反応にもなるだろうと思う。  誰かから好意を示されることは、自慢ではないが少なくない。その大半は顔につられているのだと思う。それでいて、はっきりと顔に一目惚れしたと言ってきたのは2人しかいない。1人目は、もちろん、涼矢。2人目が、本人から聞いたわけではないが、今の早坂だ。早坂と涼矢は、やっぱりどこか似ているのか。微妙な気持ちで、和樹は教室に入った。  教室には8人のこどもがいた。名簿上は16人ほど在籍しているはずだった。メインターゲットは中学生の塾だから、小6生全員でもその程度の人数なのだろう。今ここに半分しかいないのは、月曜日は、国語なら作文、算数なら応用編の問題集をやったりする難易度の高いクラスだからだ。もう半分は金曜日の一般クラス、こちらは和樹の担当ではない。小6生全員が揃うのは水曜日のクラスだ。  IDカードで入退室を管理していると言うだけあって、出席の点呼は取らない。それに小テストや前回の課題提出が必ず毎回あるから、それを見れば出席欠席も理解度も大抵分かるのだと聞いていた。  ただ、出席を取らないせいで、名簿を見てもどれが誰だかは分からない。席も自由だから、さきほどの彼のように定位置があればいいが、毎回替えたがる子もいる。覚えるまでは名簿で指名して、顔と名前を一致させることの繰り返しになりそうだ。  それでも自己紹介は必要だろうと思って、和樹は教壇に立つ。 「今日から国語を担当します。都倉和樹と言います。特技は水泳です。」そこまで言った時、女の子の声が響いた。

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