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第260話 リスタート(16)

「俺が上京するまではつきあってたかも。んで、東京出てきたら、2人とも自分から別れ話を切り出さずに済んだってホッとして……自然消滅、かな。」 ――ふうん。 「馬鹿みたいだろ。」 ――なんか、そういうの、よく分からない。自然消滅って。 「そう?」 ――嫌いになったり、他にもっと好きな人ができて、別れるのは分かる。でも、自然消滅って、そこまで嫌いになったわけじゃないんだろう? 「ん、そだね。でも、積極的に会いたいとも思わなくなっちゃうっていうか。誘われれば会うけど、自分から誘うほどの会いたさじゃない。そういうのが、ずっと続く。お互いにそうなったら、会うことがなくなるわけだから。……つっても、俺、なにげに自然消滅パターンってないんだけどね。」 ――そうなの? 「うん。はっきり振られる。罵倒されて。」  和樹は自嘲気味に笑う。 ――自分から振ったことはないの? 「告られた時に断ったことはあるけど、つきあってから別れを切り出したことはない。」 ――へえ。さすが。 「何がさすがだよ。毎回振られてるんだっつの。自慢にもなりゃしねえ。」 ――強気な女の子が好きそうだもんね。振り回すより振り回されたいって感じ。 「女の子に限らないだろ。おまえに振り回されてる。」 ――振り回してないけど? 「振り回されてるよ。」 ――俺、強気でもないし。 「ドSだけどな。」 ――おまえの期待に応えてるだけだって。 「そんならそれでいいよ、もう。どうせ優柔不断のヘタレだよ。」  和樹は笑う。 ――優柔不断と言うより、八方美人なんじゃないかな。 「ほう? おまえ、そう思ってんだ?」 ――でも、社交的で協調性が高いということだから。良いことだ。 「八方美人てのは、褒め言葉ではないよな?」 ――褒め言葉じゃないけど、俺はおまえのそういうところは偉いと思ってるし。まあ、たまに、俺以外の奴にニコニコしてんのがムカつく時はあるけど。たまにだから。プラス面のほうが大きいから直さなくていいと思う。 「また、めんどくせえ言い方する。おまえはどっちが好きなの、俺が笑ってんのと、そうでないのと。」 ――そりゃ、笑ってるほうがいいよ。でも笑いたくない時は笑わなくていい。 「俺、笑いたい時にしか笑ってないよ。無理してない。八方美人で、いつもヘラヘラしてるように見えるかもしれないけどさ。特におまえの前では、そんな愛想笑いみたいなことは全然。」 ――うん。 「つか、おまえは俺のこと、振るなよ? 実は八方美人なところが嫌だったんだとか、後から言うなよ、絶対。不満を言うなら今のうちに言え。」  涼矢が笑った。 ――俺が振るわけないじゃない。俺のほうが、初めておまえから振った相手になる可能性のほうが高いよ。 「ねえよ。」 ――その時にはさ、罵倒の限りを尽くせよ? もしかしたら修復できるかも、なんて、1ミリでも期待しないでいいように。 「だから、ないって。」和樹は、すう、と息を吸う。「好きだから。」 ――え。 「ちゃんと好きだから。全部。」 ――……いきなりそういうの、ズルい。 「いきなり言わないと録音されんだもん。」 ――悪かったって。それはもう、しないから。  涼矢がそう言うなり、大きな雑音が聞こえてきた。 「なんだ、今の音。なんか倒した?」 ――俺がベッドに倒れた。不意打ちするから、立ってられなかった。 「ベッドにいるならちょうどいい。テレフォンセックスでも。」 ――ん。いいよ。 「いいのかよ。」 ――いいよ。 「……あー、やっぱやめとく。」 ――なんで。 「俺がそういうことばっかり考えてるみたいだし。」 ――違うの?  半笑いで涼矢が言う。 「違わないけど。」和樹も自分で笑う。「結局俺って、そういうこと目当ての時しか好きって言わないと思われそうだから。」 ――思わないよ。……いや、思うか。 「だからさ、俺だってピュアに、ただ好きって、言いたくて言う時もあるってことを分かっていただきたく。」 ――そういう時もある、ね。  涼矢は「時も」を強調して繰り返した。 「そうそう。下心ある時も、当然ある。」 ――当然ね。 「おまえもそうだろ。」 ――当然。今も、下心のほうだと思って、結構その気になってたけどね。 「あ、じゃあ、やっぱりテレ……」  言いかけた和樹の言葉を、涼矢が遮った。 ――いや、いいよ。そっちじゃなくてピュアなほうなんだろ? 俺は俺で1人でなんとかするから。 「ええー。」 ――じゃあ、そんなわけで電話切るね。 「おい。」 ――大好きだよ、和樹。 「それ下心のほうだろ?」 ――そうだよ。電話切ったら、おまえのエロ顔を思い浮かべながら1人でする。 「なんだよ、それ。」 ――今度はエロ声聞かせてね。じゃ、おやすみ。 「ちょっ、まっ。」  電話は本当に切れた。和樹は呆然とする。なんなのあいつ。何が振り回したりしてない、だ。 「くそ、エロ涼矢め。」意地でもかけ直したりしないぞ、と和樹は心に誓う。

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