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第1011話 After a storms(3)
「和樹は教職もあるんだろ?」
「うん。……って、海もだろ」
「悪い、さすがにちょっと、きついんでやめることにした」
「そうなの?」
「うん。俺はやっぱ普通の会社員のほうが向いてると思うし」
普通のサラリーマン。自分もそんな言い方をして小嶋にたしなめられた。だが、自分は渡辺にとやかく言える立場ではないと思い、ただ、そうか、と返事をした。
「和樹はそっちはもうやんねえの?」
「就活?」
「うん」
「そのつもり」
「お、ついに決めたんだ?」
「うん」
「先生かあ。女子高の先生とかいいよな、若い男ってだけですげえモテるらしいぜ。あ、でも、それはないか」
「なんでだよ、あるかもしれないだろ」
「だっておまえ女に興味ないだろ」
「そんなことねえよ。言っただろ、俺は基本的には女の子が好きなの」
「そうだっけ」
「そうだよ」
「でも、今も……その」
「彼氏は元気ですよ」
「それはよかった」
渡辺が黙り込む。
「そっちは?」
和樹が切り出した。
「琴音ちゃんのこと?」
「ん」
「元気だよ。たぶん」
「たぶん?」
「最近、あんまり会ってない。と言うか、声も聞いてない」
「最近って」
「二週間ぐらい」
「なんだ」
俺と涼矢なんか次に会えるのは何ヶ月も先だぞ、と言いかけてやめる。遠距離恋愛と一緒にするのは少々かわいそうだ。渡辺もそんな気配を察したのか、苦笑いを浮かべながら言う。
「二週間てのは電話も何もしてない、マジで音信不通の二週間。最後に直接会ったのはもっと前。春休み入ってすぐだったかな」
「マジ?」
「ああ。ヤバいと思うだろ?」
「それはちょっと。てか電話しても出ないの? 病気じゃないよな?」
「いや、俺からすれば出てくれるとは思うけど」
「じゃあ、すればいいのに」
「そうなんだけど、これまでも全部俺からだから……。まあ、いいんだけどね。いいんだけど、なんかさ。つまり、まあ、お試し中なんだよ、今」
「連絡しなかったらどうなるかって?」
「そう」
「でも、そもそもおまえからアプローチしたわけだから仕方ないんじゃないの。お試し期間中って言いたいのは琴音ちゃんじゃない?」
「そうなんだけどさあ」
歯切れの悪い海にイライラする半面、このまま別れてしまえばいいと残酷なことも考える。決して幸せなカップルを妬む気持ちからではない。どこが嫌だとは言えないのだけれど、何故か和樹の神経を逆撫ですることの多い琴音。彼女は海にはもったいない、とすら思ってしまう。
「和樹んとこはさ、元は友達だったんだろ?」
「友達っつか、部活仲間な」
「そういう駆け引きとかなさそう」
「うーん。ない、かな」
「いいなあ」
「そうか?」
「友達兼恋人だろ? 最高じゃん」
「でも、めったに会えないし」
「そりゃそうだろうけどさ、今だけだろ。永遠に遠距離ってわけでもないだろ」
「まあね」
「期間限定ならいいじゃん」
「それを言うならそっちこそ。おまえがつまらない意地はらずに会おうって言えば済む話だろ」
「えー」
「えー、じゃないよ。女の子ってのはマメな男が好きなんだから」
「なに、おまえはマメなの?」
「全然」和樹は笑う。「そのせいで歴代彼女に振られてきた」
「なんだよ、ダメじゃんか」
「俺の失敗を役立てろって言ってるんだよ」
「ほんじゃ、今の彼氏にはマメマメしくしてるわけ?」
「しない」
「何それ」
「女の子じゃないから」
「そんなときだけずるい。不平等。差別反対」
「そういう話じゃないだろうがよ」
「俺も、俺がマメじゃなくても俺のことを好きでいてくれる彼女がいい」
「わがまますぎ」
そう言いながらも、渡辺の言葉は一理ある、と思う。全然マメじゃない俺のことをずっと好きでいてくれる涼矢を、もう少し大事にしたほうがいいのかもしれない。
「ま、結局惚れたほうが負けなんだから、俺が努力しないとってことだよな」
「そうそう」
相槌は打ってみるものの、涼矢との関係で自分のほうが優位にあるとは思わない。確かに先に好きになったのは涼矢だし、最初のうちはそれに甘えていたとは思うけれど、今となっては自分のほうが振り回されることが多い気がする。それを「俺ばっかり我慢してる」とも思わないけれど。
「訂正。どっちも、だ。どっちも努力は必要。どっちかだけが頑張ってる関係は上手くいかない」
「出ました、都倉先生の名言」
「バカ、そんなんじゃねえよ」
「ま、双方の歩み寄りが大事ってのは分かってんのよ、俺も。ただ、琴音ちゃんにとっては俺ってそこまでして歩み寄りたい相手じゃねえんだろうなあと思っちゃうわけよ」
「そうかな」
「そんで、俺のほうも、そういう態度の相手を、どうにかして振り向かせてやりたいって思うほどじゃないんだな」
「あー……」
「好きは好きだけどさ。こっちから声かけたからって、俺だけが気を使わないといけないんだとしたら割に合わねえな、っていうか。いや、それは言葉が悪いか」
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