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第1012話 After a storms(4)
琴音と海が付き合いだしたきっかけは、言ってしまえば「もののはずみ」だった。とにかく彼女が欲しい、そこそこ可愛ければ誰でもいいとばかりに見境なく声をかけていた女の子のうちの一人が、OKしてくれただけの話だ。そのOKがどこまで本気かと問われると、甚だ心もとない。単なる好奇心、物好き、よっぽど暇だった。そんな消極的理由ばかりが頭に浮かぶ。
「友達に戻るなら今のうちかなあ、なんてね」海は眉をハの字にする。口元は笑っているが、なんともぎこちない表情だ。「これで別れたら、なんも始まらないうちに終わっちゃった、って感じだけど」
「そっか」
「まあ、もうしばらく様子見はしてみるよ」
「そうだな」
ただの問題の先送りなのだろうが、決めるのは海だ。別れるにしろもう少し頑張るにしろ、海の問題だ。海だってそれは分かっているのだろうし、アドバイスが欲しいわけでもないのだろう。それでもただ、話がしたいときはある。自分だってそうだった。涼矢との関係を話せる相手がいる、それがどれほど心を楽にしてくれたか思えば、今の海の恋バナを「くだらない」と一蹴する気にはなれない。
「和樹は琴音ちゃんのこと、嫌いだろ?」
唐突な言葉に和樹は狼狽えた。直前の会話にそう思わせる言葉はあったろうかと記憶をたどろうとするが、心当たりはない。
「別に、嫌いじゃないけど」
ただそれだけ言った。
「まあな、分からんでもないよ。そう思うの」
和樹の否定を無視して、海が言う。
「嫌いじゃないって」
「好きでもないだろ?」
反応を見定めるように見上げる海の視線をよけようと、和樹はとっさに顔を背けた。その態度こそ答えになってしまうのに。
「ひとの彼女のこと、好きとか嫌いとか、考えないよ」
辛うじてそんなことを返した。
「恋愛的な意味じゃなくて」
「……好きでも嫌いでもないって。正直、そこまでよく知らないし」
「まあまあ、そんなむきになってフォローしてくれなくてもいいよ。言っただろ、ああいう子が苦手っての、分かるって」
「……」
「ちょっと変わってるんだよな、彼女。真面目だし、素直でいい子なんだけど、本心が見えないっていうか」
「裏表がある風には見えないけど?」
「うーん。本音を隠してると言うより、本音そのものがない感じ」
「そんなことあるわけないだろ」
「だよなあ」海は頭を掻いた。「俺もうまく言えないや。それに、これはきっと、琴音ちゃんじゃなくて俺側の問題なんだ」
「と言うと」
「琴音ちゃんはブレてない。ずっと『ちょっと変わった子』なんだよ。ただ、ちょっと踏み込んでみたら俺が思ってたのと違ったってだけ」
「勝手に思い描いてた理想と現実が違って幻滅したって話? だったらおまえが悪いな」
「いやいや、そういうんでもなくて」海は頭を抱え込む。「理想は理想としてあるけど、それを押し付けたりはしてない。でもさ、付き合ってんだから、お互いのこと知りたいと思うわけじゃん? それこそどんな食べ物が好きですかレベルのこともそうだし、次のデートでどこ行きたい?とかもそうだし、で、そういう話をしてるうちに、家族の話や昔の友達の話もするじゃん。あゆみのこともその流れで話したんだけど、彼女、そうですかーって反応なの。昨日カレー屋で食べたカレーがクソまずかった、って話をしても、へえ、そんなにまずくて、経営成り立つんですかねえって言うの。それと同じテンションで、あゆみのことも、へえ、そんなことがあったんですか、そんなに若くして亡くなるなんてかわいそうですねえ、って」
その会話をしているときの琴音の様子や声色は、容易に想像できた。
「ああ、それは……分かるような分からんような」
「なんだろなあ、ボットって言うの? 何言っても用意された定型文の回答が返ってくる、みたいな、そういうの。間違いじゃないけど、聞きたいのはそれじゃねえよ、っていう微妙にポイント外した回答が返ってくること、あるだろ。あの感じ」
「なるほど」
その「感じ」も、和樹には容易に共感できた。和樹が琴音を好ましく思えない理由の筆頭は、彼女が放つ言葉の「無神経さ」にある。意図的に誰かを傷つけようとしているわけではないのは分かるのだが。「無神経な性格」だとは思えない琴音の言葉を、どうして「無神経」と感じてしまうのか。その理由がずっと分からなかったのだけれど、今、海に言語化されて理解した。彼女の言葉は、いつも表面をさらっただけのように感じられるからだ。そう思うと同時に「本心が見えない」という海の言葉にも納得した。
「まあ、まだまだお互い、さらけだす段階じゃないってだけなんだろうけど」
海はそう付け足したが、果たしてそうなのだろうか、と和樹は思う。この先彼らが交際を深めていき、互いの信頼関係が確固たるものになれば、琴音も表面的なものではなく心の奥からの本音を語りだすのだろうか。
そんな風にはならないだろう、とぼんやりと思う。根拠はない。ただ、「本音を隠しているのではなく、そもそもそんなものはないんじゃないか」という海の見立てはそう外れていないだろうと思っただけだ。
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