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第1018話 contrail(3)

「なんだよ、知らなかったのか?」  そう言って涼矢は表情を変えた。と言っても口の端をわずかに上げただけだが。悪だくみをしているようなその顔に、和樹は腹立つ以前に呆れてしまう。 「……知ってたけどさ」ようやくそれだけ言い返すと、再びすっかり生地の薄くなったジャージに目をやる。「で、俺はなんで短パン穿いたらいけないわけ」 「横からはみでんの、見えるから」 「あ?」 「タマとか」 「ああ?」 「そんなのに目の前ぶらぶらされてみろ。勉強どころじゃない」 「おまえ、バカか?」 「そう、ストーカーで変態のバカだよ。ちなみに、ぜんぶおまえが言ったことだからな?」 「根に持つなよ」 「持つよ」  涼矢の手が和樹の顎に触れ、上を向かせる。目を合うのを確認してからゆっくりと顔を落とし、和樹に口づける。 「俺はただ好きな人を純粋に見ていたいだけなのに、ストーカーだの変態だの。……まあ、どう呼ばれてもいいけどね。和樹がそんなに俺を変態扱いしたいなら、ご期待には応えるつもり」 「……ほんとバカだろ、おまえって」  和樹は笑い、今度は下から手を伸ばして、キスをせがんだ。涼矢が再び顔を落としそれに応えた。 「俺の期待に応えるって言うなら、今、応えろよ」 「そういう気分なの?」 「ああ」 「じゃあ、仕方ないね」  涼矢はローテーブルに広げていたテキストを閉じた。それを合図のように立ち上がり、二人してベッドに移動する。 ――そういう気分なの、じゃねえよ。そんなの、おまえがそばにいりゃ、ずっとそうだろ。  和樹は心の中で悪態をつきながら、涼矢のシャツに手を伸ばして、ボタンを外し始めた。Tシャツはあまり好きじゃない、衿の付いた服が好きだ。そう言っていた涼矢が家から持ってきた衿付きのシャツは麻だろうか、長袖ではあるが涼しげだ。下に穿いたジャージとはいかにも不釣り合いだけれど。 「涼矢は?」 「ん? 何が?」  涼矢は横たわり、和樹にされるがままに脱がされていく。ジャージを脱がされようというときだけ、少し腰を浮かせた。 「そういう気分じゃなかった?」  涼矢を下着一枚にさせたところで、和樹は今度は自分の服を脱いだ。和樹はTシャツに短パンだったから、一瞬だ。 「この部屋におまえといて、そういう気分じゃないことなんかないよ」 「さっき断ったくせに。ベタベタすんなって」 「本能に従ってたらほかに何もできなくなるだろ」  涼矢は起き上がり、攻守交替と言わんばかりに、和樹を押し倒して馬乗りになった。和樹の両肩を押さえつけるようにして、その肩に口づける。そこからは貪るように、首筋に、鎖骨に、もちろん唇にも、キスを繰り返した。中でも強く吸われた首筋へのキスは、おそらく(あと)になり明日まで残るだろう、と和樹はぼんやり思う。昨日涼矢がこの部屋に来て、当然のようにすぐに体を重ねて、そのときもこんな風に体のあらゆる場所にキスをされ、そして、今朝鏡に映った自分にいくつもの痕跡が残っているのを見た。今の涼矢は、その痕を見つけては消えないようにと口づけているのかもしれない。  幸せだ、と思った。どれだけそうされたかったか。ペニスへの刺激なら自分の手で触ればいい。後孔への挿入すら道具を使えば一人でできる。けれど、唇や首筋へのキスはひとりではできない。涼矢と会えなかった何ヶ月もの間、ずっとこの口づけを待っていたと思う。 「今日も挿れたい、けど、いいよな?」  涼矢が耳元でそんなことを言った。 「いいよ。つか、いちいち確認しなくても」 「久しぶりだから、和樹もそっちしたいかなって」 「久しぶりだから、もっと馴らしてくんねえと」 「嘘」涼矢がニヤリとするのが気配で分かる。「すぐ慣れただろ?」  久しぶりのセックス。昨日はさすがに時間をかけて準備した。だが、時間がかかったのは準備だけだった。ひとたび涼矢のペニスを受け入れてからは、すんなりことは進んだ。涼矢のそれを体は覚えているのだ。涼矢もそれは感じただろう。涼矢の言う通り、涼矢を抱きたいと思うときもある。でも、今はまだ涼矢のために作り変えられた体をもっと堪能したい。 「まだ足りない」和樹は涼矢にしがみつく。「昨日よりもっと」  もっと、どうしてほしいのか。もっと奥まで。もっと激しく。もっとたくさん、何度も。きっとそのすべての「もっと」だ。もっと涼矢を感じたい。ひとつになりたい。 「可愛いこと言うようになったね」  涼矢は笑って、和樹の頬を親指で撫でた。 「我慢してたらもったいねえだろ」  こうしていられる時間は限られているのだから。 「そうだね。そしたら俺も、遠慮しない」 「遠慮なんかしてたかよ」  その答えはすぐに分かった。さっきより更に激しいキス。ときには歯を立てるような。左の乳首を舐り、もう片方は手でつねり上げるようにする。愛撫と言うには激しく、時折痛みを感じる和樹だったが、それ以上に「涼矢に求められている」という思いがして、快感を覚える。

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