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第1019話 contrail(4)

 そのたびに痛みに顔を歪める和樹に、だが、涼矢は「大丈夫か?」とも「痛い?」とも聞かない。以前の涼矢なら、和樹が少しでも苦痛の反応を示そうものなら必ず確認したものなのに。正直、それが不満でもあったのだけれど。本当に嫌なら嫌だと言うし、本気で暴れて抵抗するだろう。そうしないのは、その少しの苦痛と共にそれ以上の快感があるからだ。幾度も体を重ねるうちに、涼矢にもそのことが理解できたということなのだろう。自分もまた「涼矢の形」になったように。 「んっ……あっ……」  太ももの内側にまで舌を這わせられる。際どいところへの舌先での愛撫は、もどかしく、悩ましい。永遠に続けばいいと思ったり、そんなことより早く挿れてくれと思ったり、欲求が行ったり来たりする。  いつしかその舌は更に内側、和樹の後孔を探る動きをした。 「それ、だめ、やめっ」  やめろと言ってすぐにやめてもらえるわけもないことは知っていた。案の定、容赦なく涼矢の舌先が入ってくる。固くとがらせた舌は、バイブやディルドとは違う、またこれから挿入されるであろうペニスとも違う弾力と粘度を持っていて、和樹はすぐに果ててしまいそうになる。本来もっとも縁遠いはずの場所に押し当てられる舌。他人に見られることのないはずの部位。その羞恥が更に興奮を加速させる。 「イッちゃうから」  まだイきたくないのに。和樹のその訴えはどうにか伝わったのか、涼矢が顔を上げる。自らが開いた足の間越しに恋人の顔が見える。その光景は滑稽でいて刺激的だ。  涼矢はベエ、と舌を垂らす。直前までアナルを攻めていた舌だ。 「毛、入っちゃったよ」  そんな色気のないことを言い捨てて、涼矢は口の中に入ったらしき陰毛を指でこそぐ。その行先は見えなかったが、大方シーツにでもなすりつけたのだろう。 「汚ねえな」  和樹は半笑いで言う。汚い。それはどう考えても正しい意見だと思う。涼矢がテキストを広げるより前に、そろそろかと思って風呂場で準備はしていた。今日こそ勉強を始める気になんかさせないと意気込んでいたが、結果は惨敗だった。否、惨敗ではないか。少なくとも涼矢が決めていたノルマを終わらせる前に、ベッドに誘い込むことには成功した。そして、今だ。それなりに清潔にはしたつもりだが、舐められる想定まではしていなかった。舐めるどころじゃない。舌はいきり立ったペニスの斥候のように、中まで入ってきた。そんなところを舐めるために舌があるわけじゃない。汚い。その結果、陰毛を口にして、それをシーツになすりつけることも、汚い。  涼矢は和樹の体を這いあがり、覆いかぶさるようにして口づける。さっきまで自分の尻の穴を舐めていた舌が上の口にも入ってくる。汚い。汚いがゆえに、この行為が特別に神聖なことのように思える。こんなこと、涼矢以外にはさせない。涼矢以外とはしたくない。 「ねえ、びしょびしょだよ」  涼矢が言う。長い腕を伸ばし、その指先は和樹のアナルにまで到達し、緩められたアナルをさらに弛緩させようと中で蠢いている。  びしょびしょなのが和樹のせいだと言わんばかりだが、あいにく自然と愛液が溢れてくる体はしていない。濡れているなら、それは涼矢の唾液のせいだし、そもそも言うほど濡れてもいないはずだ。つまりは和樹を辱め、煽るためのセリフだ。 「涼矢」  名前を呼ぶ。名前なんか識別子に過ぎないと(うそぶ)く恋人の名前を。でも、本当にそうなんだろうか。だって、この「涼矢」は点呼の意味じゃない。 「うん」  涼矢は得心したように頷くが、これだって名前を呼ばれたから返事をしたわけじゃない。  涼矢が少し体勢を変え、和樹の両足を更に開かせる。それから自分のペニスを、和樹のそこにあてがった。そうだ。それで正しい。涼矢と呼んだのは早くペニスを挿れてくれという意味だったし、涼矢の返事はその通りにする、という意味だ。 「あっ、ああっ、ん、あっ、いいっ……りょ、や、きもひ、い……」  再び名前を口にした。揺さぶられて、うまく発音はできなかったけれど。 「和樹」  涼矢もまた、恋人の名前を呼ぶ。和樹にはわかる。その声は、大好き、愛してる、そう言っているのだと。 「すき」  和樹が口走る。 「俺も」  より一層激しくなる動きに、和樹はもう名前を呼ぶこともままならなくなる。 「いい、もっ……あ、ああっ」  無意識に腰が上がり、涼矢の動きに合わせて揺らしてしまう。もっと奥。もっと激しく。もっと。もっと。 「あ、出る」  涼矢が呟くように言う。そのときばかりは一瞬冷静になり、出るじゃねえよ、イくって言えよ、などと思う。が、一瞬のことだった。コンドーム越しに涼矢の射精を感じると、和樹もまたビクビクと体を震わせ、達した。

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